この中部圏の私立高校は甲子園出場を果たして以来、全国各地から練習試合のオファーが来るようになった。俗に言う、『招待試合』である。伝統・有名校が土・日曜日の試合相手として、遠方他県の強豪校を招くのである。一般論として、招いた側がその移動滞在費を出す。招かれる側にすれば、強豪校に招待されることによって、「その仲間入りを果たしたんだ。強さは認められた」と“実感”するのだという。
だが、その『招待試合』には部員全員を連れて行くことはできない。予算面での事情もあるが、ベンチ入りできるかどうかのギリギリにいる部員は、帯同できたとしても、試合に出ることはほとんどない。
「招待されたのだから、エースを投げさせなければ失礼になる」「4番は外せない」−−。
つまり、本番と同じメンバーで試合に臨まなければ、失礼になる。また、2校同時に招かれ、3校で巴戦が行われるケースもある。帰りの飛行機の時間もあるので、「1日で3試合」が強行される。従って、エースピッチャーは、1日2試合に先発登板しなければならないのである。
「練習試合と言ったって、相手は甲子園常連校ですよ。レベルの高い、本番さながらの試合を経験させていただけるので、非常に勉強になります」
先の私立高校監督はそう言うが、他校のベテラン監督は「選手層の薄い年はキツイ」とホンネも語ってくれた。
「2番手、3番手の投手もテストしておきたいのですが…。近隣の無名校との練習試合に控え投手を出せば、彼らのレベルアップにならないし、エースや主力温存なんてメンバー表を渡したら、それこそ近隣高校に失礼ですよね」
一体、何のための練習試合なのか?
40代の監督によれば、練習試合の日程は忘年会か新年会で組むと言う。高校の監督たちは同じ大学、あるいは同じ大学リーグの出身者同士で集まる。都道府県ごとに、高校監督になった者同士のOB会を作られるのである。その酒席には、在学時代に接点のなかった年長の大先輩もいれば、監督ではなく、野球部長、コーチの者もいる。指導に関する相談、情報交換をし、お互いにエールを送る意味もあって、全員で練習試合を組むのである。
「練習試合は指導者にとっても、大事な情報交換の場なんです。采配や指導で行き詰まったときに相談したり…」(40代の監督)
招待試合の『負の部分』について、プロ野球スカウトマンの1人がこう指摘する。
「小気味よい直球派の投手が、打たせて取る技巧派に変わるのはそういう背景もあるからでしょう。連投すれば、投球数を少なくする技術も覚えなければなりません。プラスとマイナスの両方があるんです」
招待試合の是非はともかく、公式戦ではこんな光景も目に付くようになった。攻守交代の際、バッテリーが首を傾げ、自分の打順が回ってくる前に選手同士が話し合いをしているのである。相手校も同様だ。公式記録上(甲子園)では両校は初顔合わせとなっていたが、実は招待試合で何度も対戦しており、彼らなりに攻略法、データ等がインプットされていて、相違点等を話し合っていたのである。
また、関東圏の私立高校によれば、『招待試合』に限らず、練習試合の移動距離は相当なものになると言う。遠征で、東北圏や沖縄に行ったこともあるそうだ。同校球児の1人は「修学旅行よりも遠くに行けて、嬉しい」とも語っていたが、その規模は『高校野球=部活動』の域を完全に越えている。
筆者が取材した限りでは、どの学校も100試合強の練習試合を消化している。地方遠征を行う学校は決して多くないが、「高校野球は体力勝負」と言われる理由も分かるような気がする。
「一部強豪校は『試合慣れ』してしまい、1打席を大切にしないんです。第1、第2打席で打ち損じても『次がある』みたいな…。無名校が強豪校を食うのはそういう試合慣れによる油断ですよ」(前出・スカウトマン)
7月26日、神奈川県大会準々決勝。東海大相模の一二三慎太(3年生)は試合後、決勝戦までの体力温存で、「打たせて取る投球」に専念したとコメントしていた。得点圏に走者を背負ってから全力投球する強かさは、もはや高校生ではない。トーナメントを勝ち抜くスタミナ配分が勝敗を分けている。(スポーツライター・美山和也)