のちに「盟友」関係となり「参院のドン」として君臨した青木幹雄(元参院議員会長)は、まだ早稲田大学の学生で、街頭演説をやるなど同大学雄弁会の先輩にあたる竹下の選挙運動に張り付いていたものだった。
当選後、入った派閥はのちに首相となる佐藤栄作率いる佐藤派で、そこで、以後、緊張感のある関係を保ち続けた田中角栄と出会うことになる。
竹下が初当選を飾ったとき、田中は4期目の当選を果たし、その前年にはNHKラジオ『三つの歌』でヤクザ礼賛かと抗議も出た浪曲をウナり、「型破り郵政大臣」として知名度を上げていた。
その頃の田中は、竹下とやがては緊張感のある関係になるとは、まったく思っていなかった。なぜなら、佐藤派内での竹下の存在は目立つものではなく、田中の竹下に対する評価も、また低かったからだった。田中が竹下という政治家を意識するようになるのは、竹下初当選から7年ほど経ち、田中が自民党幹事長となった頃からである。
竹下はのちに首相の座を降りて間もなく、筆者のインタビューにこう答えてくれたことがある。
「田中先生を初めて凄いと思ったのは、幹事長の頃に見せた政治的直感力だった。天才的なものを感じた。一方で、田中先生から政治のイロハを習ったということはなかった。どちらかと言えば、僕は佐藤(栄作)先生の背中を見ながら学んだという気持ちが強い。その意味では、僕の『政治の師』は佐藤先生で、田中先生は『政治の先輩』という位置づけだな」
口の重いことで知られた佐藤だったが、竹下に珍しく、直接、こう言ったことがあった。
「竹下君、これだけは覚えておきなさい。人間は口は1つ、耳は2つだ。言いたいことを抑えても、人の話はよく聞くことだ。相手の言い分を、トコトン聞いてやる。必ず、役に立つときがくる」
こうした佐藤の言葉を忠実に実行した竹下には、自分のことは抑えて我慢に徹することから、やがて「政界のおしん」との形容詞が付くこととなった。不満があっても一切口にせず、与えられた仕事に徹する姿勢を評した周りの声である。
例えば、こんな話が残っている。
竹下は自分からポストを欲しがることはなく、いまの政務官にあたる政務次官になったのも、佐藤派内の同期の中で一番最後だった。また、いざポストに就いても「副」や「代理」といった肩書が付くことが多く、なかなか「正」のポストには座れなかったのである。
その好例が、国対副委員長のポストで、じつに6期5年にわたって「副」の肩書が取れなかったものだ。国対の仕事は、議会運営をスムーズに運ぶための“下支えポスト”で、国対委員長ならともかく副委員長とは名ばかりの、ひたすら身を粉にして野党との折衝に汗をかく地味なポストである。ために、多くの議員は一刻も早く、このポストからの“脱出”を願うのだが、竹下は黙々と汗をかき続けた。時に、こんなカゲ口も聞こえたのだった。
「あんなに長い間、国対副委員長をやったヤツを見たことがない。なにか、特別の事情を抱えているのではないか」
★「気配り竹下」の本領
しかし、もとより竹下に特別の事情や欠陥があるわけではない。この6期5年にわたる「おしん」ぶりに、むしろジワジワと竹下への評価が高まっていったのだった。のちに、竹下はこのポストについて、筆者にこう述懐している。
「“下積み生活”と言われたが、僕はそれほど苦痛には思わなかったな。与えられた仕事に全力を尽くしていれば、これは人脈につながっていく。相手に礼を尽くせば、必ず人は動いてくれることを知った。人生はむしろ、回り道、無駄な時間から学ぶことが大きいということだ」
竹下を評して、「目配り、気配り、カネ配りの竹下さん」という声があった。また、我慢の人「おしん」ではあるが、持ち前の明るい性格から「陽気な策士」との異名もあった。
「気配り」については、田中角栄と双璧であったことは前号で記したが、さしもの田中も“真っ青”だったこんなエピソードがある。筆者のインタビューに、竹下の直子夫人が、こう答えてくれた話である。
「夫の辛抱強さ、気配りの凄さを見ると、それこそ政治家になるために生まれてきたような人と思わざるを得ません。家の中でも、愚痴は絶対にこぼさないし、私に対する気遣いも同じです。夜中、トイレに立つときでも、わざわざ階下まで下りていくんです。水洗の水音で、私が目を覚まさないようにとの気遣いなんですね」
「気配り」では人後に落ちぬ田中だが、さすがにここまでは至らない。その田中が改めて目をむいたのは、竹下のなんともねばり強い“調整名人”ぶりだったのである。
(文中敬称略/この項つづく)
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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。