私は、これから株価が暴落することはあり得ないと思うが、アベノミクスが一つの分岐点を迎えていることは確かだ。
株式市場が不安定になった原因は、市場が黒田新体制の日銀に疑念を持ち始めたことだ。その疑念は長期金利に表れている。
2年間で資金供給を倍増する「異次元の金融緩和」の中で、日銀は国債購入を大幅に増やすことを決めている。そのペースは新発国債の7割を日銀が買い取るというハイペースだ。これだけ日銀が国債を買えば、国債市場の需給が逼迫して国債の値段が上がる(=金利が下がる)はずだと誰もが思っていた。実際、異次元緩和直前の長期国債金利は0.5%だったが、直後に0.3%まで下落した。そこまでは、予想通りだったのだ。
ところが、その後じわじわと長期金利が上昇し、株価が急落した5月23日には一時1%を超えた。この金利上昇は、まずい。せっかく戻りかけてきた設備投資や住宅投資に冷や水を浴びせてしまうからだ。
ところが、日銀が大幅な国債購入の上積みに走る気配がない。そこで日本経済の先行きに懸念が生まれて、株価が乱高下するようになってしまったのだ。
日銀の黒田総裁は5月26日の講演のなかで、仮に金利が上がったとしても、それが「経済・物価情勢の改善を伴うものであれば、金融機関の収益にプラスの影響が及ぶため金融システムが不安定化する懸念は大きくない」と、金利上昇を容認する姿勢をみせた。さらに、金利が上昇しても、財政の持続性に懸念を生じさせないため、政府が財政構造改革を進めることが必要だと注文をつけた。
4月に異次元の金融緩和を打ち出したときに、あれほど毅然と金融緩和への決意を示していた黒田総裁が、なぜ弱腰になってしまったのか。その理由には二つの可能性があるだろう。
一つは、水面下で米国から、これ以上の円安・ドル高につながる金融緩和は、米国経済に悪影響を与えるので、そろそろ止めろという圧力がかかっているという可能性だ。そして、もうひとつは、黒田総裁が日銀の幹部職員に「洗脳」されかかっているということだ。私はこちらの可能性が高いのではないかと思っている。
そもそも日銀職員は、通貨価値の下落につながる金融緩和に否定的だ。だから、何としてでもやめさせたいのだが、いままではその手段がなかった。しかし、黒田総裁が毎日出勤してくることは、日銀職員にとってもチャンス。もともと日銀の幹部は、飛び抜けて優秀な人ばかりだから、黒田総裁をうまく言いくるめることは、十分可能なのだ。ただ、もし本当にそうなっていたとしたら、今後の景気回復は覚束なくなる。
4月のマネタリーベースの伸びは前年比23%増だ。これは小泉内閣初期の'02年4月の36%にも及んでいない。だから、今くらいの伸びで終わってしまうとしたら、景気は頭打ちになってしまうだろう。すべて黒田総裁が当初の意志を貫けるかどうかにかかっているのだ。