厳格な父親は兄弟を呼び、どちらが盗んだのか問い質した。いや、その程度の生やさしいものではない。まさに殴る蹴るは当たり前、知らない人が見たら「私刑(リンチ)」にしか見えないほどの激しい“取り調べ”だった。
金を盗んだのは光浩である。だが、兄は弟を庇(かば)い「自分がやった」の一点張りで押し通した。一言も「弟がやった」と言わなかったのである。
「兄貴、ありがとうな」
さすがの光浩も自分を庇ってくれた兄の行為に感動し、そして感謝した。しかし、ここで改心するようでは“ワル”の名が廃るというものだ。
光浩は家の金庫から、今度は100万円の札束を盗み出した。
「兄貴、これは俺を庇ってくれたお礼だ。親父には内緒だぜ」
そう言いうと半額の50万円を兄に手渡したのである。だが、いくら内緒にしていても金庫から金が消えていたら不審に思うのは当たり前。またしても父親は兄弟を呼び、より一層激しく“取り調べ”たのである。
今度は兄も庇うことはなく、光浩が盗んだ金を兄弟で山分けしたことが明らかになった。兄が受け取った50万円は本人の供述通り、机の引き出しから手つかずのまま出てきた。
ところが光浩の手にした50万円は、光浩が口を割らなかったせいもあるが、どこを探しても出てこなかった。
家中を捜索したところ、驚くべきことが判明した。光浩は50万円を5万ずつ10の小袋に分け、野球のバットやグローブの中、神棚の内側、果てはトイレの汚物入れの中にまで、分散して隠していたのだ。これでは見つかるはずもない。
光浩は単にケンカが強いだけではなく、悪知恵の働く“ワル”でもあったのだ。