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1933年(昭和8年)、16歳でデビューしたルー・テーズの全盛期と言えるのは、第二次世界大戦前から戦後しばらくの間で、日本で力道山と初対戦した’57年にはすでに40歳をすぎており、そろそろキャリア晩年に差しかかる頃であった。
1955年、レオ・ノメリーニに反則負けを喫するまで、前人未踏の936連勝を飾ったと喧伝されるなど(テーズ本人は「そんなに勝っていない」と否定している)、当時、プロレス史上最強の1人であることは全世界で周知されていた。
力道山がテーズを招聘したのも、日本においてプロレス人気にやや陰りが出ていたためで、実際に人気回復に成功している。ちなみにテーズ対力道山の日本初戦は後楽園球場で行われ、試合の様子は『力道山対ルー・テーズ世界選手権争奪戦』のタイトルで映画化までされている。
そんなテーズ全盛期の試合をリアルタイムで見たというファンは、今やほとんどいないだろうが、ネット検索すると往事の映像がいくつかヒットする。「どうせ古くさくてつまらないのだろう」などと言わず、一度は見てもらいたい。たぶん想像している以上に面白く見られるはずだ。
もちろん、近年のように派手な大技はないが、逆に言えば大技を食らった後、長々とダウンしているような場面もない。互いの動きがとにかく止まらず、次々に技を仕掛け合う。
テーズが相手の頭部をつかんで拳を握るという、のちのアントニオ猪木のようなアクションを見せれば、相手はリック・フレアーのごとく“嫌々ポーズ”をするなど、近代につながる様式も見られる。
好みは人それぞれなので、過激技を連発するスタイルとどちらがいいということではないが、当時の映像を見ればオールドタイマーたちが昔を懐かしむのも理解できよう。
レスリング的な技術の攻防をよどみなく続けながら、しっかりと観客を沸かせる見せ場もつくる、そんなことのできる選手が、近年どれほどいるだろうか。
テーズに対する批判的な評価としては、高額のファイトマネーを要求することなど、金銭面でのシビアさを指摘する声もある。しかし、それも最高のレスラーとしてのプライドであり、おいそれと「テーズの名を安売りできない」との思いがあったのだろう。
★バックドロップ失神事件の真相
テーズのプライドということで語られる試合に、1968年1月3日、国際プロレス(当時はTBSプロレス)でのグレート草津戦がある。
TBSで国際プロレス中継がスタートするにあたり、エース候補とされた草津がテーズの持つTWWA王座に挑戦した試合で、テーズは3本勝負の1本目にバックドロップを決めて、そのまま草津を失神KO負けに追い込んでしまった。
3本勝負のタイトルマッチといえば、互いに1本ずつ取り合ってからの勝負というのが、当時においてもプロレスファンの中では半ば常識であった。
そのため草津の不自然な敗戦は、「TBSがテーズに対し、レスリング技術に乏しい草津の勝利を要求し、それに怒ったテーズが受け身の取れないバックドロップを放った」などの憶測を呼ぶこととなった。
「ただ、テーズの記録を調べてみると、3本勝負の1本目だけで決めた試合は結構あって、ハワイで力道山が初対戦したときにも、これをやられています」(プロレスライター)
言わばテーズ流の試合術であり、力道山の場合は試合時間が40分以上に及んだため、「ここいらで終わらせよう」ということ。草津の場合は先に「4週連続での挑戦」が発表されていたため、「まずは厳しくいこう」ということではなかったか。
最初に苦汁を舐めさせて、そこから徐々に盛り上げていくという判断は、プロレス的に十分あり得る。草津の挑戦がこの一戦で終わってしまったのは、当時の国プロやTBSの内部事情もあってのことだろう。視聴率が今ひとつだったから相手を替えてみようというのは、いかにもテレビ局的にありそうな話である。
「そもそもプロレスラーとしてのプライドとは、気に食わない相手には花を持たせないなどという軽いものではない。誰が相手でも好勝負を披露するのが本来の姿なんです」(同)
なお、この草津戦の前年、日本プロレスに参戦したときのテーズは、ジャイアント馬場のインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦して、2フォールを奪われて敗退している。
3本勝負で2本取られるのは、テーズの歴史でもあまり例がなく、これは馬場をそれだけ認めていたのと同時に、50歳をすぎてもメインイベンターとして遇してくれる日本マットへの敬意もあってのことだろう。
そんなテーズが身勝手なプライドから草津をKOしたというのは、やはり考えづらいのである。
ルー・テーズ
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PROFILE●1916年4月24日生まれ〜2002年4月28日没。アメリカ合衆国ミシガン州出身。
身長191㎝、体重110㎏。得意技/バックドロップ、フライング・ボディシザース・ドロップ。