『靄の旋律』(アルネ・ダール/ヘレンハルメ美穂=訳/集英社文庫 1029円)
仕事などしないで、蓄えだけで十分に贅沢な生活を送れたらいいな、と夢想する人の数はかなりのものだろう。職場での人間関係でストレスが溜まる。いっそのこと会社を辞めて、好きなだけ旅行し、好きなだけ旨いものを食い、ひらめくままに時間を過ごす毎日に憧れる。しかし、あまりに自由過ぎる状態は人を不安にさせるのだ。拘束があればこそ気持ちは引き締まる。たとえば優れた刑事ドラマは私たちにやる気を起こさせてくれる。陰惨な殺人事件の犯人を追う刑事たち。全くやるせない仕事だ。それでも同僚同士が協力し合い、事件解明に至ったとき、彼らは爽やかな気分になる。『太陽にほえろ!』の山さん、ゴリさんたちのチームとしての結束は、仕事をすることの楽しさを教えてくれる。
元々『太陽にほえろ!』はエド・マクベイン〈87分署〉シリーズを手本として作られたドラマだ。このシリーズは各国の小説や映像作品に影響を与えている。本書『靄の旋律』もその影響下で生み出された小説だ。舞台はスウェーデン。経済界の大物たちが連続して殺され、その犯人を捕らえるべく特別捜査班が作られる。メンバーは皆、どこか心の傷を背負っているけれど、前向きに仲間と協力して仕事を進めていく。その姿に接したとき、私たちは、仕事をするというのも悪くないな、と思えるはずだ。チーム小説を読む醍醐味を堪能して欲しい。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『間抜けの構造』(ビートたけし/新潮新書・714円)
正しい“間”の取り方がわかっていれば、どんな世界にいても悪いことにはならないよ−−。芸人、映画監督として、これまでずっと“間”について考え格闘してきたビートたけしが、貴重な芸談に破天荒な人生論を交えて語る、この世で一番大事な“間”の話。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「ちょっとお洒落な大人のねこマガジン」と銘打たれた偶数月発売の隔月刊誌を紹介しよう。タイトルは、『猫びより』(辰巳出版/950円)。世話やしつけなど、飼い方に関する実用情報をできるだけ省き、猫の写真を数多く掲載することを主眼としている。しかも、どの写真も良質だ。
巻頭グラビアは著名な動物写真家・岩合光昭氏撮影の「島根の猫」。他には「古都の寺猫」と題され、京都・奈良でのんきに暮らす猫たちを追ったページも。連載の「お天気道草猫日和」は、夜の街で撮影した猫たちの、いかにも夜行性動物らしい姿がイキイキとしている。
我が家の猫の愛くるしい仕草を読者が投稿した“うちの子自慢”的な企画を避け、猫が本来持つ奔放さを前面に押し出した面白い雑誌だ。
最新号の特集は「猫の名作美術館」と題し、竹久夢二、ゴヤ、アンディ・ウォーホルら、古今東西の画家が描いた猫の絵を楽しめる。芸術の秋、まさに美術館に立ち寄った気分にひたれる内容だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意