鈴木清順、熊井啓、黒木和雄…名だたる映画作家の美術監督として独特の世界を作り続けてきた木村監督。本作は京都造形大学映画学科の全面協力を得て完成させた。セットは大学の構内。しかも学生が夏休み中の1カ月間で撮影を終えなければならなかった。
「モタモタしてたら8月31日が来るから秒刻みで撮影したよ、エネルギー全開で(笑)。美術製作なんかも大学の助手がやってくれてね、劇中に出てくるインドの聖者とか。普通に発注していたら何億円って予算が必要だった(笑)」
舞台は孤独な老人が身を寄せる「浴陽荘」。植物学者の牧草太郎博士をはじめ、物理学者、役者、自称映画女優、バーのママ、板前、金貸しらが、うそとも真実ともつかぬ奇妙な毎日を送っている。
「私のかみさんが老人ホームに入っててね。訪ねていくと無口で沈んでるんだ。あんなとこ、5分もいたらイヤになるよ。窓があって、たくさんベッドが並んでいて。それを映画にできないかと思った。でも、死の世界に半分突っ込んでいる世界を描くような社会派ドラマにはしたくない。カラッと面白くてバカバカしい、そんなあり得ない世界にしたかったんだよ」
原田芳雄演じる牧博士は人生の大半を植物学の研究に費やし、酒や女など俗世間を顧みずに生きてきた。だが80歳の誕生日、小さな泉で黄金色に光り輝く妖しい花を見つける。それは長年探し求めていたヒマラヤ聖女のかたわらに咲く不老不死の花「黄金花」だった。
「主人公は普通の人物じゃつまらん。名があって、学歴のない人。そこで植物学者の牧野富太郎をモデルにした。そこから牧草太郎をどう脱却させるか。遊んでこなかった悔しさを一気に変ぼうさせることにしたら話が膨らんでね」
撮影は2週間、編集に3カ月。構成は老人ホームでの日常を描く前半と、牧博士の過去を振り返る後半に分かれる。
「現実からイマジネーションへと移る場面転換が難しかったな。イマジネーション映画は一歩間違えるととても見てもらえないものになってしまう。時間をかけた編集があってこそだよ」
後半部分は戦後の焼け跡をイメージ。セットを組まず、舞台に大量のビニールをあしらって往時の雰囲気を表現した。
「牧博士のエピソードを銀座のショーウインドーみたいに並べて見せる手法を取ったんだ。ガード下やガケ下、通りの一角が舞台だけど、それらを一つ場所で見せるために活用したのがビニール。前に短編映画で使って成功したので、今回もこれでいこうと」
公開に併せて自伝「裏話ひとつ 映画人生九十年」(岩波書店)も刊行された木村監督は、この作品を「極限の考え落ち映画」だという。
「僕がやりたかったことはクイズのようなドラマを作ること。映画を見終えてからよく考え、もう一度見て、みなさんご自身で勝手にストーリーをお考えください」
<プロフィール>
きむら・たけお 1918年4月1日、東京生まれ。41年に日活多摩川撮影所へ入所し、映画美術の仕事に従事。68年間にかかわった劇場公開作は230本を超える。勲四等旭日小綬賞、第14回モントリオール世界映画祭最優秀美術賞、日本アカデミー美術賞などを受賞。
04年に短編「夢幻彷徨」で監督デビュー。08年の「夢のまにまに」では世界史上最高齢での長編劇場公開映画監督デビューとしてギネスブックにも認定された。