最初の妻は、いわずと知れた女優・藤原紀香。06年に放映された単発ドラマ『59番目のプロポーズ』の初共演で知り合い、クランクアップのあとに友だちとして急接近。一部メディアに「結婚」と報じられたことで互いに意識しはじめ、その年に入籍。翌07年、2人の故郷である兵庫県神戸市の生田神社で結婚式を挙げた。披露宴の模様が日本テレビ系で放映されると、地元の関西で平均視聴率40.0%、瞬間最高視聴率49.2%という信じられない数字を叩きだしている(ビデオリサーチ調べ)。しかし、“格差婚”は長く続かず、およそ2年後に離婚。陣内は、複数の女性と浮気していたことを認めて、記者会見で謝罪した。
大女優を裏切った陣内は一時期、芸能界を干された状態になった。それでもネタ作りをやめなかったことで、事態が好転。11年からワールドツアーを始動させ、韓国、米国のラスベガス、ハリウッドで成功させている。韓国語、英語も猛特訓。チケットを完売させるまでになった。
そんな姿勢を、仲間は評価。SMAP時代の中居正広、ダウンタウン・松本人志と今ではプライベートで親しい。女優妻を失ったことによって、芸能界の信頼を手に入れたといっていい。
反面、紀香❤陣内の特需で、その後の人生を大きく変えた者もいた。はるな愛が、その1人だ。そもそもはるなは、紀香と大の親友。経営する小さなカウンターバーで、あややこと松浦亜弥のエアものまねをしていた。それを披露宴の2次会で“エアあやや”として披露すると、業界関係者がスカウト。一気にブレイクし、紀香と陣内が離婚した今なお、タレントとして生き残っている。
同じく、2次会で披露したたった1ネタで、一発屋芸人として潤った者もいた。ムーディ勝山だ。当時は漫才コンビだった勝山は、ダイアン・津田篤宏の結婚披露宴パーティーで、ムード歌謡ネタを披露。関西ローカル番組で人気に火が付くと、陣内も「右から来たものを左へ受け流すの歌」を自身の結婚式2次会で披露させた。すると、東京の業界関係者の目にふれ、関東でもレギュラー番組を抱えるまでになった。
現在のはるなとムーディでは雲泥の差だが、陣内の著しいアップダウン人生で恩恵を受けた有名人がいたのは事実である。