レッドソックスは開幕前、優勝候補と目されていたが、オフに補強した先発投手が揃って不調。自慢の強力打線も長距離砲のオーティズとナポリがスランプ。守備でも大事な場面でエラーが頻発といった悪材料が重なり、シーズン前半は苦戦を強いられた。それでも、まだ優勝の望みがある5つの負け越しで前半戦を終えることができたのは、8回を田澤純一、9回は上原浩治という黄金リレーがしっかり機能したからだ。
それに伴い田澤の見事な働きにスポットライトを当てた記事も散見されるようになった。人気スポーツサイトの『SOSH』は「見過ごされている男・田澤純一」という見出しの記事を掲載し「田澤は優れたセットアッパーからトップレベルのセットアッパーに成長した」と賞賛した。
他の日本人大リーガーと比較して田澤が特に秀でているのは「速球の威力」だ。
米国のアナリスト集団の中には、被打率、ストライク率、奪三振率などいくつかのキーデータを組み合わせて各投手の持ち球のレベルを評価しているところがある。その代表格である『ファングラフス』のピッチバリュー(球種評価)を見ると(表参照)、日本時代は、「日本球界1のストレート」と見なされていた田中将大やダルビッシュの速球は、平均よりかなり低い点が付いている。この2人ほど低くはないが、空振りを取れることで知られた和田毅の速球もマイナス2.6という「中の下」レベルの点数だ。
そんな中でただ1人、プラス5.4という高い評価を受けているのが田澤だ。
田澤の速球は大半がフォーシームの速球(通常の速球、日本でいうストレート)で、強烈なバックスピンがかかっているため全盛時の江川卓のようにホップする軌道を描く。ピッチングの基本線はこれを高目に、スプリッター(フォークボール)を低目に投げ分けて打者を空振りかフライアウトに仕留めるパターンだが、今季はスプリッターの制球が悪いこともあり、速球主体のパワーピッチングで凡フライに仕留めることが多くなった。これで効率よく凡フライに仕留め、決め球はスプリッターではなくフォーシームになった感がある。
日本人大リーガーでは一番と評価されるようになった田澤の快速球は、'09年のレッドソックス入団時にはなかったものだ。レ軍1年目である'09年、田澤の速球の平均スピードは144.4キロだったが、'10年3月にトミージョン手術を受けた結果、復帰後に球速がアップし、術後2年目の'12年こそ平均球速は144.4キロだったが、'13年には150.4キロにアップして、日本人投手きっての速球派に成長した。
これまで渡米後トミージョン手術を経験した日本人投手は6人いるが、結果がこれほど大きなプラスになったのは田澤だけだ。
田澤のもう一つの長所は「酷使に耐えるラバーアーム」という点だ。
ラバーアームは「ゴムの腕」という意味で、どんなに酷使しても使い減りも故障もしない投手をさす。日本人投手はここ数年、ヒジや肩の故障で長期欠場するケースが多くなっており、米国では壊れやすい投手の代名詞になっている。そんな中で田澤は昨年チーム最多の71試合に登板。今季もここまでチーム最多の39試合に登板しており、最終的に70試合以上登板するのは確実な情勢だ。
田澤のこうしたタフさは、日本人投手にも酷使に耐える男がいることを知らしめる結果になっており、彼のラバーアームぶりはもっと評価されてもいいように思う。
田澤に期待されているのは上原浩治の跡を継いでレッドソックスのクローザーになることだ。上原は来期まで契約があり、アクシデントがなければ'17年から後任を任されることになるが、上原は来季41歳。来季の途中で故障し、そのまま田澤にバトンタッチとなる可能性もある。
だが、それまでに克服しておくべき課題が一つ。「ブルージェイズ恐怖症」だ。
ブ軍は同地区のライバルで打線にホームランバッターを並べて相手を打ち負かす攻撃野球のチームだ。フライボール・ピッチャーの田澤は、このチームとやると外野フライがホームランになってしまうため以前から苦手にしていて、'13年以降、打たれた17本塁打のうち9本はブ軍相手に打たれたものだ。
それを知っているためレ軍のファレル監督は、ブ軍戦では逃げ切りパターンになっても8回に田澤を起用しないケースが見られるようになった。
クローザーになれば、ブ軍だけはパスというわけにはいかなくなる。今後は、点差が開いた場面などで志願して登板し、苦手意識をなくしておく必要がある。
スポーツジャーナリスト・友成那智
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は各媒体に大リーグ関連の記事を寄稿。'04年から毎年執筆している「完全メジャーリーグ選手名鑑」(廣済堂出版)は日本人大リーガーにも愛読者が多い。