現在の日本は、いまだにデフレーションが続いている。すなわち、総需要(消費、投資)が不足する状況が継続しているのだ。ならば、政府がやるべきことは財政拡大による総需要の創出となる。ところが、安倍政権は「緊縮財政」に手足を縛られた状況にある。政府として、財政を拡大することで需要を創り出し、デフレギャップ(需要不足)を埋め、景気を好転させるという「普通の手段」が採れない。
だからと言って、デフレや景気後退に対して手をこまねいているわけにもいかない。政府はカネを使わず、それでも需要を創出するにはどうしたらいいのか。
というわけで、カジノ解禁というわけだ。特に東京、横浜、大阪といった人口密集地にカジノを建設し、日本国民の懐を狙うカジノ産業を呼び込む。確かに、IRやカジノの建設は「投資」になり、日本の総需要不足は緩和される。とはいえ、当たり前だが人口密集地に住む日本国民の所得がカジノ産業に吸い上げられることになるわけだ。
しかも、安倍政権はIR法を通す際に「外資規制」はつけなかった。モノ、ヒト、カネの国境を越えた移動を妨げない「自由貿易」により、実際のIR建設は外資系企業が主導することになるだろう。カジノで散財する日本国民は、外資系カジノ企業に所得を奪い取られることになるわけだ。
水道民営化も同じである。水道管が老朽化している、あるいは人口減少地域の水道サービスの維持が難しくなっているならば、政府主導で建て直せばいい。ところが、緊縮財政により政府が日本国民の水道サービス維持のためにおカネを支出することはできない。ならば、規制緩和、民営化。しかも、例により外資規制なしの水道民営化により、日本の水道サービスを「ビジネス化」してしまえ、という発想になっているのだ。
安倍政権のグローバリズムのトリニティは、日本国民の所得や安全を奪い去る代償として、外資を含む企業に新規ビジネスを提供する。ただ、それだけが目的だ。
特に問題になるのは、やはり公共サービスの民営化である。民間企業の目的はビジネスであり、利益だ。水道の民営化があたかも「老朽水道管の交換」の特効薬のごとく語られているが、ナンセンス極まる。民間企業の目的は利益最大化であるため、「利益にならない」老朽水道管の交換は当然、後回しだ。
そもそも、公共サービスは「利益以外」の目的も持つ。鉄道や水道であれば、地域のインフラストラクチャーを維持し、住民の生業や生活を守るという目的だ。交通機関もライフラインも提供されない地域で、人間は暮らすことができない。規制緩和や民営化で公共サービスが縮小していくと、人口が特定地域に集中し、国家全体の安全保障が脅かされることになる。
災害が起きたとしても、公共サービスは「撤退してはならない」のだ。公共インフラが災害で破壊されたとして、
「復旧しても利益にならず、コストもかかるために撤退する」
といった論理は許されないのである。
とはいえ、株式会社の論理に従えば、「利益にならないから、復旧せずに撤退する」という選択が合理的となる。だからこそ、公共サービスは「国営」「公営」である必要があるのだ。
7月の西日本豪雨災害を受け、いまだに復旧していない鉄道路線が複数ある。本稿執筆時点で、JR山陽線は三原―海田市間、下松―柳井間で運休が続いている。鉄道が復旧しないため、貨物路線も使えず、各地の物流は大きな打撃を受けている。運休が続く路線の沿線住民からは、
「このまま廃線になるのでは」
との懸念の声が漏れている始末だ。西日本豪雨の被災地に限らない。国鉄が分割民営化されて以降、特に赤字が膨らんでいるJR北海道では、廃線になる路線が続出している。さらに、同じく赤字続きのJR四国も、路線維持が「困難である」と正式に表明している。
そもそも、国鉄民営化時に「確実に黒字になるJR東海」と「確実に赤字になるJR北海道、JR四国」に同じスキームを適用したのが間違いなのだ。少なくとも、JR北海道とJR四国については、政府がより関与する形の分割をするべきだった。
北海道や四国のJRは赤字なのだから、廃線は仕方がない、とはならない。なにしろわが国は自然災害大国だ。自然災害大国である以上、国民は可能な限り分散し、各地域が経済成長する必要がある。そのために鉄道インフラが不可欠であることは、今更書くまでもない。
ところが、西日本豪雨の被災地に限らず、現在の日本で起きているのは、まさに、
「交通インフラを軽視したことによる、地方の衰退」
なのである。
日本の地方を繁栄させたいならば、交通インフラを建設するしかない。ところが、わが国は過去20年以上もの期間、地方の交通インフラの整備を「放棄」し、衰退を放置してきた。無論、東京圏のみは成長を続けたが、それは「東京圏が地方の人材や投資を吸い上げる」形で進んだのである。日本で地域格差が広がったのは、当然すぎるほど当然だ。
というわけで、わが国は「繁栄」のためにも交通インフラを全国的に整備しなければならないのだが、政府は緊縮路線を堅持している。それどころか、国鉄が「民営化」された結果、自然災害からの復旧すらなされず、鉄道が「廃線」になる可能性が高まっているわけだ。本当に、これでいいのだろうか。
国民の多くが「それでもいい」と考えるならば、わが国はこのまま所得格差、企業間格差、地域間格差が広がる形で、発展途上国に落ちぶれることになるだろう。すでにして、衰退途上国であることは間違いないのだ。
衰退か、繁栄か。
日本国民が「国家」についていかに考えるか。それがすべてを決定することになる。日本国の運命は、国民や政治家の「考え方」によって決まるのだ。とりあえず、国民はごくごく当たり前の「考え方」だけでも思い出すべきだ。公共サービスは撤退してはならないのである。
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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。