何しろ、前回も書いたが、各国で緊縮財政を推進する政治家や官僚は、持論を正当化するために、事あるごとにラインハート・ロゴフ論文を引合いに出していたのだ。
本件に関し、元アメリカ国務長官のローレンス・H・サマーズ教授が、面白いことを言っていた。教授曰く、
「緊縮策について彼らを批判するのは馬鹿げている。そうした政策の立案者は最初に政策を選択し、その後に学術的な裏付けを探したのだ。(2013年5月7日 ロイター「コラム:ラインハート・ロゴフ研究の誤りに学ぶ=サマーズ氏」より抜粋)」
とのことである。政治家や官僚は「ラインハート氏やロゴフ氏の論文によれば、政府の負債増が経済成長率を低迷させる。だからこそ、増税、公共事業削減、社会保障支出削減を実施する」というロジックを辿り、緊縮財政を強行したのではない。単に、予め決まっている「緊縮財政実施」という結論にとって都合がいい資料を探し求め、ラインハート・ロゴフ論文が利用されたに過ぎない、とサマーズ教授は看破しているわけだ。まことにもって、ごもっともである。
結局のところ、日本や欧米などで「増税!」「公共事業削減!」などと、十年一日の如く叫び続けている政治家、官僚たちは、何らかの目的を達成するために緊縮財政を推進するのではないのだ。彼らにとって、緊縮財政は手段ではなく、目的化してしまっているわけである。
なぜ、日本のみならず、先進国の政治家たちがこぞって緊縮財政を目的化したのか。
本来、経済政策の目的とは、「財政赤字を削減する」や「政府の借金を削減する」ではない。政府の政策の目的は、経世済民である。経世済民とは「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」の意味になる。すなわち、国民を豊かにすることこそが、政府の経済政策の目的なのである。
ところが、昨今の世界各国では「国民を豊かにする」よりも、「政府の財政を健全化する」ことの方が、優先順位が高くなってしまっていた。結果的に、各国でバブルが崩壊し、デフレ化が進んでいるにもかかわらず、緊縮財政が強行され、財政はむしろ悪化していった。
なぜ、デフレ化が進行する国で緊縮財政(増税や公共事業削減など)を実施すると、財政が悪化するのか。
理由は、税金の「源」を考えてみればすぐに理解できる。税金とは、国民が稼いだ所得から徴収される。そして、国民の所得の合計こそがGDP(国内総生産)である。GDPとは生産面、支出面、そして分配面(=所得)の三つの面から見ることができる面白い指標なのだ。生産面、支出面、分配面という三つのGDPの総額は、必ず一致するが、これをGDP三面等価の原則と呼ぶ。
国民は所得から税金を支払う。GDPとは、国民の所得の合計という面を持つ。すなわち、政府の税収は、名目値で見たGDPと極めて強い相関関係にあるのだ。
実際に、我が国の名目GDPと租税収入の動きを見てみよう。
我が国のデフレが本格的に始まった'97年以降、政府の租税収入は名目GDPとほぼ同じ動きをしている。名目GDPが拡大すれば、租税収入は増える。逆に、名目GDPがマイナス成長になってしまうと、租税収入も減るのだ。
ちなみに、'90年から'96年にかけ、名目GDPが成長しているにもかかわらず、租税収入が減少している。これは、当時の日本政府がバブル崩壊の対処として大規模減税を実施したためだ。減税とは「租税収入を減らす」ことを目的に行われるため、名目GDPと無関係に税収が減る。
注目すべきは、やはり'97年〜'98年の動きであろう。当時の橋本政権は'97年に消費税増税を断行したのだ。結果的に、日本国民はおカネを使わなくなってしまった。
国民がおカネを使わなければ、その分だけ「誰かの所得」が減る。すなわち、国民の所得の合計たる名目GDPが縮小する。名目GDPが小さくなると、増税をしても税収が減ってしまうのだ('98年)。というよりも、バブル崩壊後にデフレ化の危機を迎えていたにもかかわらず、経済的知見を無視して増税を断行した結果、名目GDPが減り、税収が却って減少してしまったわけだ。税収が減れば、当たり前の話として財政は悪化する。
橋本政権の日本と同じ失敗が、'07年のアメリカ不動産バブル崩壊後の世界各国で繰り返されている。
特に悲惨な目に会っているのは、ユーロの破綻国(EUに支援要請をした国々)だ。ギリシャ、スペイン、ポルトガルといった国々は、国内で不動産バブルが崩壊し、経済がデフレ化しつつある状況で増税や公共事業削減、公務員削減といった緊縮財政を実施し、経済成長率をマイナスに落とし込み、税収減により財政が悪化することを繰り返している。
結局のところ、日本にせよ欧州にせよ、バブルが崩壊したにもかかわらず頑なに緊縮財政を主張する人々は、「緊縮のドグマ(教義)」に頭の中を支配されているのだ。
デフレ期の緊縮財政は、財政を却って悪化させる。これが真実であるのに、財政問題を深刻化させる緊縮財政を求める声が、いまだに日米欧各国に溢れている。
緊縮のドグマを早急に排さなければならない。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。