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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第270回 新幹線の夢

 2011年3月11日、東日本大震災発生。その翌日の3月12日に、九州新幹線が全線開通した。鹿児島中央から博多までが新幹線で結ばれたのである。もっとも時期が時期だけに、九州新幹線の全線開通は「ひっそり」と執り行われ、用意されていたテレビCMも放映されることはなかった。
 全国的に放映される予定だったテレビCMが、インターネットのYouTubeに3月9日時点でアップされた。放映こそされなかったものの、JR九州の「祝! 九州 九州新幹線全線開CM」はネット上で大ブームを引き起こす。

 CMの内容は、マイア・ヒラサワの「Boom!」が流れる中、新幹線が走る。鹿児島中央から、川内、出水、新水俣、新八代、熊本、新玉名、新大牟田、筑後船小屋、久留米、新鳥栖を経由して、博多まで。その途上、田畑で、道路で、マンションのバルコニーで、屋上で、学校のグラウンドで、河原で、野原で、運河で、プールで、橋の上で、あるいは橋の下で、城で、土手で、そして駅のホームで一般の日本国民が手を振り、叫び、踊り、「祝」と書いたのぼりを立て、新幹線が通過するのを祝福するというシンプルな構成だ。
 このCMが、日本国民の心をわしづかみにした。特に、東日本大震災により日本全体がショックを受けた時期であるため、「九州がつながる」という単純なメッセージを見事に描いた九州新幹線のCMが、国民の心を強く打ったのである。「祝! 九州 九州新幹線全線開CM」は今でもYouTubeで見ることができる。視聴回数は650万回を越えている。

 なぜ、九州新幹線のCMが、あそこまでわれわれの心を揺り動かしたのか。日本国民は、孤立しているわけではない。バラバラに暮らしていたとしても、実際にはつながっている。そして、新幹線が分散して暮らす国民を物理的にもつなげる、あるいは「つなげた」という明瞭な事実を提示したためとしか思えない。
 日本国は、震災大国だ。地震以外にも台風、豪雨、豪風、水害、土砂災害、火山噴火、豪雪など、さまざまな自然災害が襲い掛かってくる世界屈指の災害大国でもある。自然災害がいつ、どこで起きるか分からない以上、われわれ日本国民は可能な限り分散して暮らす必要がある。そして、いざ災害が発生した際には、互いに助け合うのだ。そのためには、国民が「つながる」ナショナリズム(国民意識)が欠かせない。

 もっとも、こと経済成長のみを考えると、人口は密集していた方がよい。特定地域の人口が多ければ多いほど、サービス業が興隆する。
 経済成長のためには、人口集中が望ましい。防災面からは、国民は分散して暮らさなければならない。人口の集中と分散。2つを両立させることはできるだろうか。できるのだ。新幹線ネットワークによって。
 新幹線ネットワークを構築することにより、日本国民は集中と分散を同時達成できる。厳密には、新幹線で地域同士が短時間に結ばれることにより、離れて暮らしているにも関わらず、互いを「市場」と化し、経済成長ができるのだ。

 '15年3月14日、北陸新幹線が金沢まで開通した。北陸新幹線が金沢など、沿線の地域に与えた影響はすさまじい限りだった。日本政策投資銀行の試算によると、北陸新幹線延伸が金沢に与える影響は、経済効果が125憶円、訪問客数32万人の増加と見込まれていた。ところが、現実には経済効果が678憶円、訪問客数は何と258万人も増えた。
 なぜ、北陸新幹線が金沢にあそこまでのポジティブな影響を与えたのか。簡単である。新幹線で「東京駅」と乗り換えなしの最短2時間半で結ばれたためだ。東京駅を中心とする「東京圏」は、人口3700万人を誇る、地球上で最大のメガロポリスである。人口規模で世界最大の市場に、北陸新幹線延伸により、金沢のサービス業の「商圏」が届いたのである。

 さて、「北海道新幹線」の札幌駅の位置が、ようやく決まったとの報道が流れた。北海道新幹線の札幌延伸は、'30年度開業予定で、ルートは新函館北斗から長万部、倶知安、小樽を経て札幌に至る北回りだ。室蘭、苫小牧経由の南回りルートも「基本計画」はあるが、整備計画化されていない。理由は、有珠山があるため、噴火の状況が懸念されているためだ。
 とはいえ、札幌-千歳間、あるいは札幌-千歳-苫小牧間であれば、有珠山は関係ない。特に新千歳空港まで北海道新幹線が延伸されると、効果は大きい。現状、北海道の玄関口である新千歳空港駅から札幌駅まで、列車で50分強はかかってしまう。札幌と千歳間は距離が約40キロメートルであるため、新幹線が開通すれば15分(!)程度に短縮される。
 しかも、航空便で新千歳空港に降り立ち、新幹線に乗れば、乗り換えなしで札幌、小樽、倶知安に行ける。倶知安まで、現在は車で2時間以上かかるが、新幹線なら「35分」となる。そして、倶知安まで行けば、ニセコは目の前だ。
 「何を夢みたいなことを」
 と、思われたかも知れないが、過去の日本の先人たちがこの種の「夢」を抱き、投資を蓄積してくれたからこそ、現在のわれわれの生活があるのだ。

 4月18日、九州新幹線長崎ルート「新鳥栖-武雄温泉」の整備について、JR九州の青柳俊彦社長が与党検討委員会に出席。「全線フル規格での整備を」と要請した。フル規格で新幹線を建設した場合、長崎-博多間が約51分に短縮される。佐賀-博多間が約20分(!)。まさに、世界が変わる。
 この種の「夢」を忘れ、多くの日本国民が将来のための投資を疎かにしていては、未来の日本の繁栄はない。「夢」を取り戻し「必要なインフラには投資する」という、当たり前の姿勢を取り戻す必要があると思うのだ。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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