イチローは昨季2割2分9厘という低レベルな成績に終わったうえ、メジャーの野手としては最高齢の42歳になったため、誰もが「年齢的に限界」「おそらく今季限りで引退」と思っていた。
しかしイチローは、そうした見方をあざ笑うかのように、開幕から途切れることなくヒットを放って高打率をキープ。6月中旬には3割台中頃まで打率を伸ばす好調ぶりだ。
この奇跡的な活躍の背景には何があるのだろう?
最大の要因は、スイングスピードが速くなっていることだ。その結果、ライナー性の強い打球が出る比率(ハードヒット比率)が昨年の13.5%から今季は25.2%に急上昇。それが打率を押し上げることになった。
奇跡的な活躍を可能にしたもう一つの要因は、スイングが速くなったことで速球に差し込まれなくなったことだ。それにより、150キロ台後半の豪速球を苦もなくライナーで外野に弾き返すシーンが度々見られるようになった。
データを見ても速球系(ストレート+ツーシーム)のボールに強くなったことは一目瞭然で、昨年は速球系を2割6分7厘しか打てなかったが、今季は4割3分5厘と完全にカモにしている。
スイングが速くなったことで、イチローは昨季より投球を引き付けて打つことが可能になり、それによって三振も大幅に減少。6月15日現在、イチローは三振が六つしかない。これはナ・リーグの100打数以上の打者で最少の数字で、三振が一ケタなのは彼しかいない。
このようにイチローの好調は、スイングが速くなったことによってもたらされた面が強い。42歳という年齢でスイングを速くすることができたのは、オフに下半身の筋力強化に取り組んだことが大きい。
イチローのスイングは下半身が回転し、それに導かれてバットが振り出される下半身主導のものだ。しかもバットのしなりをうまく利用しているので、バットのヘッドがやや遅く出る。
昨年は下半身の筋力が衰えスイングが遅くなったため、意識的に腕を速く動かして投球を捉えることが多くなっていた。そのため手打ち気味になり、弱い打球しか打てないことが多くなった。そこで、原点に立ち返って下半身を徹底的に鍛えたところ、本来の下半身主導のスイングができるようになり、強い打球が出るようになったのである。
打撃ばかりが注目されているが、今シーズンは守備でもいい働きをしている。
イチローは今季、ライト5割、レフト3割、センター2割くらいの比率で守備に就いている。どのポジションをやらせても守備範囲の広さはトップレベルで、6月半ばの時点で、守備で防いだ失点(DRS)が六つもある。これはメジャーの非レギュラー外野手では最多の数字だ。
年齢が高くなると真っ先に衰えるのは肩だと言われるが、イチローには目立った肩の衰えも見られない。今季はすでにレーザービームで5回も塁を欲張った走者を刺しているが、これはナ・リーグの外野手では4番目に多い数字だ。非レギュラー選手ではもちろんトップである。
脚力も依然ハイレベルで、打ったあと一塁ベースに到達するまで平均3.98秒しかかからない。2010年は3.92秒だったので、多少遅くはなっているが、それでもメジャーの全選手の中で5位の数字だ。1位から4位までを20代の若い選手が占めている中で、40代のイチローが5位にランクされていることは称賛に値する。
では、7月中にメジャー通算3000本安打に到達する可能性が高くなったイチローだが、その後はどうなるのだろう?
考えられるのは、(1)メジャー3000本安打達成を機に「心置きなく引退」。(2)同3000本安打達成を機にメジャーを去り日本の球団で最後のひと花を咲かせる。(3)マーリンズと再契約、という三つのシナリオだ。
筆者は(3)のマーリンズと再契約する可能性が極めて高いと見ている。イチローとマーリンズとの契約は、2017年度については、(A)年俸200万ドルで契約するか、(B)違約金を支払って契約を見送るか、球団側が選択できることになっている。
今季、イチローはハイレベルな活躍を見せているので、球団は(3)を選択するだろう。スイングが速くなったことで、イチローもバッティングに自信を深めているので、マイアミであと1年プレーすることに何の異存もないはずだ。
あと1年、テレビでイチローの活躍を見られることは、日本のイチローファンにとって何よりの朗報だ。球団はすでに再契約する方針を固めていると思われるので、3000本安打達成後に前倒しで契約更新を発表する可能性もある。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。