昨年末の段階で、メジャー入りは呉にとって、なしうる唯一の選択だった。韓国の暴力団幹部がマカオで経営する私設カジノに行って多額のカネを賭けていたことが発覚。司法当局から事情聴取を受けたため、阪神残留の目がなくなり、韓国リーグに復帰しても長期間の出場停止が避けられない情勢になっていたからだ。
しかし、呉にはメジャー球団が欲しがる二つの要素があった。一つは、伝家の宝刀スライダーで狙って三振を取れる点と、与四球が少なく無駄な走者を出さない点である。
しかもメジャー球団は暴力団との交際や賭博疑惑といった程度のスキャンダルは何とも思わないので、名門カージナルスが獲得に乗り出し、阪神時代より5000万円低い基本年俸2.5億円で1年契約が成立。賭博疑惑のことなど誰も知らない新天地でマウンドに立てることになった。
呉は開幕後、トップセットアッパーとして起用されるやハイペースで三振を奪い高い評価を得た。しかもクローザーを務めていたT・ローゼンソールが序盤大乱調で用をなさないため6月末にクローザー失格となり、呉が後任に指名された。
その後は18回のセーブ機会のうち16回を成功させており(9月7日現在)、クローザーの地位は盤石なものになっている。
金銭的にも呉の阪神復帰の可能性はなくなっている。基本年俸は阪神時代よりやや低いが、登板数やゲームを終了させた回数に応じて出来高ボーナスが最高5.5億円まで出る。そのため今季、呉がカ軍から受け取る金額の総計は8億円前後になるからだ。
メディアの評価も高い。
「オ(呉)の一番いいところは、何といってもハイペースで三振を取れることだけど、それ以外にもいい点がたくさんある。初球ストライク率の高さ(66%)はメジャー屈指のレベルだし、ボールになる変化球を振らせる技術もピカ一だ。フォーシーム(直球)は時速150キロ程度だけど、スピン量が多いので空振り率がものすごく高い」(スポーツ専門局の記者)
契約では来季、球団が希望すれば今年と同じ基本年俸2.5億円(+出来高=最高5.5億円)で契約できることになっているので、来季もカ軍で投げることは確実になっている。故障しない限り、来季終了後には、3年30億円レベルの契約を新たにゲットすることになるだろう。日本復帰の目は当面なさそうだ。
バーネットは日本に来る前、万年マイナーのピッチャーだった。ヤクルトと契約する前年('09年)はダイヤモンドバックスの3Aで先発投手として使われていたが、防御率が5.79。奪三振率も平均よりずっと低く、誰が見てもメジャー昇格の可能性はゼロというピッチャーだった。
しかし、ヤクルトに在籍した6年間でバーネットは制球が見違えるように安定。変化球のレパートリーも日本人投手並みに増やしていった。特に高速スライダー(カッター=カットボール)に磨きをかけ、ストライクゾーンからボールになる軌道にコンスタントに投げられるようになったため、クローザーとして活躍できる投手に成長した。
別人のように成長したバーネットは31歳になっていたが、昨オフ、レンジャーズから2年契約のオファーがあり、念願のメジャー入りを果たす。日本駐在スカウトから強い推薦があったためGMがゴーサインを出したのだ。シーズン開幕直後から勝ちパターンのリリーフ(セットアッパー)やピンチの火消し役として起用され、防御率はレ軍のリリーフ投手で断トツの1位。現在クローザーを務めるダイソンに赤信号が灯った場合、後釜はバーネットという声が高くなっている。
球団関係者やメディアから聞かれるのは、「バーネットは日本人ピッチャーそのものだ」という声だ。
「彼は七つも球種を持つ。主体はフォーシームとカッターだけど、それ以外にもシンカー、カーブ、スライダー、スプリッター(フォーク)、チェンジアップの七つだ。メジャーの投手は三つか四つしか球種がない。これほど多いのは日本人投手とバーネットだけだよ」(スポーツ専門局の記者)
バーネットが最も高く評価されているのは、どのカウントからでもすべての球種でストライクを取れる点だ。これは日本人投手の最大の長所だ。同じレ軍のルイス(元広島)も日本で大化けしたが、日本化したという点ではバーネットの方が上のようだ。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。