たとえば、大躍進を遂げた日本維新の会のことを英字新聞は、ライトウイング・パーティー、すなわち右翼政党と書いている。日本では改革政党の位置づけだが、案外、海外の評価の方が正しいのかもしれない。代表は言わずとしれたタカ派の石原慎太郎氏だし、日本維新の会の発足記念パーティーは、日の丸を掲げ、一糸乱れず国歌を斉唱することから始まっているのだ。
右傾化は、政党別議席数の変化をみれば明らかだ。右派から見ると、自民党は改選前の118議席から294議席となり、日本維新の会は11議席から54議席へと大幅に伸ばしている。
一方で、リベラル勢力をみると、日本未来の党が61議席から9議席に激減、新党大地は3議席から1議席に、そして社民党は5議席から2議席に減った。右派の圧勝なのだ。
実は、右傾化は政党内でも起きている。惨敗した民主党の中でも、前原誠司、長島昭久といったタカ派の議員が当選する一方で、リベラル派の鉢呂吉雄、横光克彦、川内博史、末松義規といった議員が議席を失った。圧勝した自民党の中でも、代表的なリベラル派である加藤紘一元幹事長は落選しているのだ。
なぜこれだけ右傾化が進んだのか。私は15年続いたデフレが原因だと考えている。1930年代は、世界恐慌後の世界デフレで幕を開けた。デフレによって深刻な不況が訪れたが、その閉塞感のなかで、ヒトラーやムッソリーニやスターリンといった独裁者たちが権勢を拡大していった。だが、それを支えたのは国民の圧倒的な支持だった。
行き詰まって身動きが取れなくなったときに、人間は白馬の王子様を求めてしまう。痛い目に遭っている人ほど、強いリーダーを求めてしまうのだ。また、そのリーダーが当初は、実際に経済を立て直すことも多い。
たとえば、世界恐慌によるデフレで、失業率が40%に達していたドイツは、ヒトラー内閣成立4年後には、ほぼ完全雇用を達成している。またヒトラーは、アウトバーンという高速道路を整備し、国民車構想を進めるなど、先進的で正しい産業政策を遂行していた。しかし、ヒトラーは次第に独裁者としての表情を強めていく。そして、国中を戦争に巻き込み、ドイツを焼け野原にしてしまったのだ。
アベノミックスと呼ばれる安倍総裁の経済政策でデフレが終結し、日本の景気は良くなるだろう。しかし、その成果は金持ちや大企業に独占されて、庶民の暮らしは良くならない。小泉構造改革時代と一緒だ。
そのとき一番危険なのは、国民がさらに強いリーダーを求めてしまうことだ。国中が焼け野原になってから気付いても遅いということは、70年前に世界が学んだ最大の教訓なのだ。