『襲名犯』(竹吉優輔/講談社 1575円)
確たる作者の信念があれば、粗削りの仕上がりでも質の悪くない作品として評価できるものだ。本書は5月に発表された第59回江戸川乱歩賞受賞作で、まさしく、難点を補う信念、美点を有している小説だ。
物語は死刑囚が刑を執行されるところから始まる。彼、新田秀哉は14年前、茨城県栄馬市を舞台に猟奇的な殺人を繰り返し行って捕まったのだ。刑執行直後、その手口を真似るような殺人が起きた。犯行声明の電話から、犯人が新田の精神を受け継ごうとしていることがわかった。そう、猟奇殺人者の二代目を襲名したつもりなのだ。
本作の主人公は基本的に、双子の兄が14年前の被害者の1人になった20代後半の図書館司書だ。ただし、彼のみが事件解決を目指すわけではなく、中心人物が何度も入れ替わる。この書き分けがあまりこなれていない。しかしそれでも本作に読み応えがあるのは、作者がはっきりと青春時代との訣別をテーマとして打ち出しているからだ。司書の青年はかつて兄の代わりのように周囲から扱われ、アイデンティティー崩壊の恐怖に苦しめられた。そうした過去を払拭しようとするもがきと、事件解決を目指す意志が連動しているのである。そもそも二代目襲名犯という存在も誰かの代わりといえる。
いったい自分は何者なのか把握しなければ、人は大人になれない。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『日本プロ野球ユニフォーム大図鑑 上・中・下巻』(綱島理友/ベースボールマガジン社・各2940円)
日本のプロ野球草創期から現在までのユニフォーム約800点を完全網羅! 当時は妙に“奇抜”な感じがした万年下位球団のビジター用が、あらためて見るとカッコいい。懐かしい記憶がよみがえる完全保存版。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
6月に創刊された相撲専門誌が『NHK G-Media大相撲ジャーナル』(イースト・プレス/880円)。2010年に休刊となった『別冊ステラ 大相撲中継』(NHKサービスセンター発行)が復刊したスタイルで、最新号は2号目。今後は隔月で偶数月の20日に発売される。
秋場所が9月15日から東京・両国国技館で開催されるのに伴い、注目力士の最新情報や観戦ガイド、また女性レポーターによる力士のツイッターやフェイスブックの紹介など、今風の記事も掲載。専門誌ならではの充実した誌面は読み応えありといえよう。
八百長問題などの不祥事によって低迷していた相撲人気だったが、大関・稀勢の里の活躍や隠岐の海、勢、高安ら日本人力士の台頭、エジプト出身で「ラマダン」による断食が話題となった大砂嵐など、元気な力士が揃い、再び注目を浴びつつある。何といっても国技だけに、専門誌の復活はうれしいところだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意