年初に1ドル=120円台だった為替レートが、8月には1ドル=100円割れ寸前にまで追い込まれた。円高は、輸出企業の業績を直撃する。現に史上最高益を更新し続けてきたトヨタも、4〜6月期の決算は、売上高5.7%減、営業利益15.0%減と、業績を悪化させている。
急速な円高が進んだ原因は、日銀が追加の金融緩和を打ち出せないでいることにある。実際、日銀は1月にマイナス金利政策を導入し、7月にはETF(上場投資信託)の買い入れを3兆円増やす金融緩和を発表したが、国債を年間80兆円ペースで買っている現在の金融緩和の規模と比べて、焼け石に水の状態だった。
国債を買い入れて資金供給を拡大する本筋の金融緩和を、なぜ日銀が採れないのか。そこには、二つの背景があるとみられる。米国経済の不振と、国債のタマ不足だ。
昨年末のゼロ金利解除以降、それまで一人勝ちだった米国経済は、明らかに変調した。失速したわけではないが、低迷するようになったのだ。その結果、米国から日本に金融緩和をしないように圧力がかかったのだろう。日本が金融緩和をすれば、ドル高円安になって、米国経済に悪影響が及ぶからだ。
ただ、そうした状況に変化が出てきた。8月にNYダウが市場最高値を更新するなど、米国経済が復調してきたのだ。それを受けて、FRB(米連邦準備制度理事会)のイエレン議長は、8月26日のジャクソンホールでの講演で、金利の引き上げを強くにじませた。もしかすると、9月にも金利の引き上げが行われるかもしれない。
一方、日銀の黒田総裁は、同じジャクソンホールの講演で、「追加の金融緩和の余地は、いずれの手段でも十分ある」と話し、国債買い入れ増による金融緩和の可能性を認めた。
日銀は、これまでの金融緩和の中で、すでに国債発行残高の3分の1以上を購入しており、追加購入の余地が小さくなっていた。しかし、政府が28兆円の景気対策を決めたため、国債の追加発行が見込まれる。つまり、日銀にとっては、買う国債のタマがでてきたのだ。
タイミングがいつになるのかは不明だが、今後、米国が金融引き締め、日本が金融緩和に向くのは確実だ。そうなれば、当然、為替はドル高・円安に向かうだろう。となると、日本経済は成長軌道に戻っていくが、生活者の立場からは、手放しでは喜べない事情がある。物価が上がるのだ。
昨年度は、原油価格の下落が日銀の金融緩和の効果を相殺して、物価がまったく上がらなかった。今年度は円高が物価を引き下げている。しかし今後、為替が円安方向になれば、日銀の金融緩和の効果がストレートに出てくるので、物価が上がるのだ。
7月の消費者物価指数は、生鮮品を除く総合が前年比▲0.5%とマイナスだが、食料とエネルギーを除く総合では0.3%とプラスになっている。景気が失速して雇用が悪化するのは困るが、物価が上がれば生活が圧迫される。
残念ながら、これから「国栄えて民苦しむ」となりそうだ。