ソフトバンク松坂大輔が一軍マウンドに上ったのは、10月2日、ペナントレース最終戦の対東北楽天戦だった。4番手として8回裏からマウンドへ。しかし、先頭バッターから4者連続の四死球。最後は2連続三振を奪ったが、3648日ぶりの日本公式戦は「打者10人に被安打3、4四死球、5失点」と散々な内容に終わった。ようやく3アウトを取ってベンチに下がる際、二塁を守っていた本多雄一が松坂の背中を叩き、慰めるように声を掛けたが、松坂は下を向いたままだった。日曜朝のテレビ番組でも球界のご意見番・張本勲氏に「文句を言うんだったら、太りすぎ!」と『喝』を入れられる有り様だった。
「優勝を逃したソフトバンクはクライマックスシリーズ(CS)をファーストステージから戦わなければならず、日本シリーズに進むには最大で9試合もあるんです。主力投手の消耗を防ぐため、松坂が使えるかどうかをテストするための一軍昇格でした」(スポーツ紙記者)
しかし、球界関係者はこう否定する。
「ソフトバンクは日本ハムとギリギリまで優勝を争っていたため、独走で優勝した去年のように『消化試合』を作れませんでした。テスト登板と言っても、CSで本当に戦力になりうる投手を使わなければ意味がない。二軍での松坂を見ていたら“別の理由”があったと思いますが…」
二軍での成績は9試合を投げ、1勝4敗、防御率4.94。契約は3年で来季まで残っているが、「来年復活して戦力になる」とは、これらの成績を見る限りとても思えない。
「松坂の年俸は4億円。チームでは攝津正、和田毅と並んで日本人最高年俸なんです。そんな『特別待遇』を心苦しく感じているようですね」(同)
これまでも復活に悲観的な声は多かったが、本人の気持ちが勝っていた。だが今季、パ・リーグ5位の楽天打線にあしらわれ、心境に変化が見られるようだ。
「自ら『引退』を口に出すんじゃないかと…。投球フォームを西武時代に戻そうとしても、メスを入れた右肩、肘以外にも悪い箇所があって難しい。そこへ腰、股関節などの古傷をかばうクセも染みついて、もう右肩ウンヌンのレベルではなくなってきました」(同)
これと前後して、松坂に影響を与えたのは、古巣・埼玉西武ライオンズの新監督人事だ。西武は松坂が大炎上した翌3日、新監督の就任会見を行った。元ヤクルトの宮本慎也氏など外部招聘も噂される中、来季を託されたのはOBで中日の作戦兼守備コーチだった辻発彦氏(57)。
今回の人事において、西武経営陣が痛感したのは「OBが少ない」こと。80年代の黄金期を支えた主力選手のほとんどが他球団に流出しているのだ。ソフトバンクの工藤公康、千葉ロッテの伊東勤両監督も西武OB。本来なら当時の主力選手が長期政権を築いているはずだった。
「前ソフトバンク監督の秋山幸二氏の帰還を第一に考えた時期もありました。秋山氏の監督時代の年俸は公表されていた額よりも多く、そのため話がまとまらなかったとも聞いています。さらに秋山氏はソフトバンクですごした歳月の方が長い。そこで『今後はOBを大切にしていかないと』ということになりました」(ベテラン記者)
現シニアディレクターの渡辺久信氏が監督を退いた際に有力候補だったのは、当時の二軍監督で田邊政権でもヘッドコーチを務めた潮崎哲也氏。しかし、「一軍監督はやりたくない」の一点張りだったという。
「その理由は、一軍監督は成績が悪ければクビ。解任された後の仕事を球団内で保障してほしいとして拒みました。失職する怖さがあるようです」(当時を知る関係者)
3年以上先の話をすれば、フロント入りした西口文也氏、中日で引退した和田一浩氏らも候補に挙がってくる。しかし、失礼ながら「華」がない。
「辻新監督に決めたのは、チーム再建という目先の話だけではない。80年代の西武黄金時代への原点回帰です。このOBを大切にする方針も重なって、失墜した松坂に手を差し伸べ、西武OBとして勉強してもらいたいと思っています」(同)
福岡で何一つ貢献できていない以上、今後「ソフトバンクOB」とは名乗れない。
しかし、松坂には甲子園、メジャーリーグという武器があり、解説者になるなら話題には困らない。また、解説者の働き口は東京圏に多く、それを西武が自軍試合などの解説に推すなどしてサポートし「いずれは現場復帰」させる流れを作っていくようだ。
「辻新監督は『おっかない人』です(笑)。コーチ時代から練習は厳しく、容赦しません。80年代の機動力野球を再構築するには適任ですが、契約は2年。他球団に流れた功労者を呼び戻す条件としてはちょっと寂しいし、その次を見据えての人事なのでしょう」(ベテラン記者)
“平成の怪物”に、不良債権という言葉は似合わない。「将来の保障」を見据えた決断を迫られている。