前日本ハムの村田和哉外野手(29)が背走してのスーパーキャッチを見せれば、星秀和(27=元西武)は内野ゴロで一塁にヘッドスライディングをして観客を沸かせた。真剣勝負の野球は、これが最後かもしれない−−。そんな思いが受験選手59人に緊張感を与えていたようだ。
この日、受験投手で最速の145キロをマークした前ソフトバンクの江尻慎太郎(37)は、登板後すぐの取材要請にも応じてくれた。
「体が動くところを見せようと。(来年)38歳になるけど、『まだ元気です』ってところを見せるため、真っ直ぐにこだわって、それを(各球団編成に)見てもらえれば。2回目のトライアウト(22日)? 受けないと思う」
今後に関しては「家族とも相談して」と話していたが、「オファーがあれば、それに越したことはない。あると信じて」と、野球愛を吐露していた。
「これがラスト登板かもって、マウンドに行ってから気がついた(笑)。最後のマウンドが室内ではなく、球場でやれたので良かった」
江尻はこんな達成感も口にしていた。同日朝の天気は雨。開始当初は室内練習場でウォーミングアップと野手ノックが行われていたが、天候の回復が見込まれたところで球場職員が必死にグラウンドを整えたのだ。
前オリックス投手の八木智哉(31)はベンチ裏に引き上げるなり、「やった」、「疲れた」と叫び、その場でしゃがみ込んでしまった。打者4人に対して、奪三振1。ヒット性の当たりは1本も許していない。
「マウンドに行ったら、変に緊張するんじゃないかと思ったけど、いい緊張感を持って投げられた。やるべきことはやった」
八木が繰り返して口にしたのは「気持ちで投げた」という言葉。八木と同じく一軍実績の豊富な藤井秀悟(37)は2四球と振るわなかったが、彼のグラブには『野球小僧』の4文字が刺繍されていた。まるでそれは野球と長く向き合ってきた証でもあるようだ。
伊藤拓郎投手(21=前DeNA)はトライアウト本番に臨むまでの約1カ月間について、こう語っている。
「色々なトレーニングをしてきました。ピッチングについて教えてもらったり、人との繋がりを感じた1カ月間でした」
2年前までチームトレーナーを務めていた恩人が自ら練習相手を買って出てくれたという。伊藤以外のDeNA受験投手たちは、チームメイトが登板するとき、三塁側ベンチに入って檄を飛ばしていた。前DeNAの陳冠宇(24が登板したときには、「高田、こんなにいい投手じゃないかよぉ〜」のヤジがスタンドから響いた。ヒット1本を許したが、「陳に興味がある」と言い切ったスカウトも実際にいたほどだ。
バックネット直撃の暴投を見せた北方悠誠(20=前DeNA)は、シーズン中も制球難に苦しんだことを打ち明けている。
「自分はイップスです。でも、下を向いていても始まらないし、ボールを投げないで調整したり、野球以外のトレーニングもやったり…。これまで必死にやったけど結果が出ていなかったので、だったら新しいものに挑戦しないと」
DeNAなど数球団が興味を示した東野峻(28=前オリックス)は、連続三振を奪うなど格の違いを見せつけた。
「真っすぐの力強さをアピールできた。28(歳)なのでまだやりたい。最後になるかもしれないと気持ちを出した。新しい自分も見せたい」
東野はスライダーに定評のある投手だったが、この日はフォークを多用して投球に幅があるところも見せている。
気持ち、新しい自分…。生き残りを懸けた男たちは、今までとは違う自分への第一歩を踏み出していた。(スポーツライター・美山和也/写真・佐藤基広)