『正義をふりかざす君へ』(真保裕一/徳間書店 1680円)
小説は嘘の物語なのだから何をどのように書いても良い、と考えているプロの作家はいない。そういう呑気な書き方を許すほど読者の側は寛容ではないからだ。特に理由もないのに、ものすごく強くて大勢を次々と投げ飛ばしていく青年が登場すれば「一般人の若者がこんなに強いはずがない」と苦笑する。現実からかけ離れていない嘘を読者は求めるのだ。
本書『正義をふりかざす君へ』は明らかにハードボイルド小説であり、この文芸ジャンル特有の約束事、いわば読者が期待するパターンを踏み外さない書き方が成されている。神奈川でスポーツジムの社長をしている〈私〉は7年ぶりに故郷の長野へ戻った。元妻の交際相手である男性を危機から救うために。その男は次の市長選に立候補する予定で、どうやら敵陣営のたくらみにハメられたらしい。〈私〉は、その証拠をつかもうと行動を開始するが…。
高校時代はラグビー部、社会人になってからは新聞記者、という主人公の過去の設定が、彼のたくましさの裏付けになっている。そして本作が見事なのは、その裏付けが物語全体のテーマと緊密につながっているからだ。タイトルからわかる通り、マスコミが大義名分にする正義と、ただ一人の男が矜持として持つ正義を比較し、真の正義とはいかなるものか追求する小説なのだ。著者の隙のない創作姿勢が伝わってくる。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『エロエロ草紙【完全復刻版】』(酒井潔/彩流社・2625円)
80年前の発禁本が完全復刻! 国立国会図書館デジタル化資料アクセス数圧倒的1位の“問題の本”が、ついに書籍化された。著者(故人)は、昭和初期のエログロ文化の火付け役。当時の風俗を知る画期的な資料でもある。必見だ!
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『S・Fマガジン』(ハヤカワ書房/940円)は昭和34年創刊のSF(サイエンス・フィクション)月刊誌。星新一、安部公房、筒井康隆、小松左京ら、そうそうたる作家陣も寄稿していた老舗専門誌だ。『日本ファンタジイの現在』と題された最新号では、読んでおくべき作家20選という初心者向けガイド記事や、西崎憲、勝山海百合といった作家の短編小説数作を丸々掲載した特集を組んでいる。普段はSF小説に縁のない人でも、手頃に最新作に触れることができる内容だ。
連載・読み切り作品や作家インタビューなども豊富。連載が休載していた横田順彌の「近代日本奇想小説史」が今月号から再開している。日本SF大賞特別賞などを受賞した面白い連載だけに、ファンならずとも一読をオススメしたい。
こうしたファンタジー・ライトノベルのジャンルは新進作家が続々登場し、活況を呈しているようだ。今後ブームが到来するかも…。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意