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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 ★第286回 国際リニアコライダーと伊勢神宮

 経済(厳密には「生産活動」)は、五要素で構成されている。資本、労働、技術、需要、資源。
 5つの中で資本、労働、技術の3つは「供給能力」の構成要素でもある。ちなみに、資本とはおカネの話ではなく、道路、トンネル、橋梁、鉄道網、空港、港湾、発電所、送電線網、電波塔、通信ネットワーク、ガスパイプライン、上下水道網、建築物、工場、機械・設備、運搬車両といった「生産のために必要な資産(いわゆる生産資産)」を意味している。

 資本の上で、生産者が労働を提供し、モノやサービスを生産する。もっとも、各国によって一人の生産者により生産可能なモノやサービスの量は異なる。つまりは、生産性に違いが生じる。
 そして、生産性を左右するのが「技術」なのである。
 技術なしでは、資本を建設することは不可能だ。高速道路や新幹線を、技術力無しで建設できると考える人はいないだろう。そもそも「資本」主義とは、インド産キャラコに対抗するため、イギリスが綿製品の生産性を向上させる「技術投資」に成功した結果、始まった経済モデルだ。技術力を高め、生産性を向上させることこそが資本主義の基本である。

 重要極まりない技術に対する投資を、日本国は疎かにしてきた。信じがたいかも知れないが、日本の研究開発費総額は21世紀に入って以降、全く増えていない。2016年のわが国の研究開発費総額は、18.4兆円。最大の問題は、「対前年比▲2.7%」であることだ。つまりは、日本は'16年に至っても、研究開発費を「節約」している。
 研究開発費の対前年比の内訳を見ると、
●公的機関 ▲7.3%
●企業 ▲2.7%
●大学 ▲1.1%
 と、政府の緊縮財政に企業や大学が引っ張られ、全ての部門でマイナスという情けない状況に陥っているのである。
 '16年のアメリカの研究開発費は51.1兆円で、「まだ」世界首位を維持している。そして、中国が45.2兆円。すでに日本の2.5倍であり、かつペースを落とさずに増やし続けている。ちなみに、直近で研究開発費総額を減らしているのは、わが国のみだ。

 このままでは、わが国は普通に技術小国に凋落する。というよりも、現実に凋落しつつある。だからこその、国際リニアコライダー(以下、ILC)なのだ。

 直線20㎞の超電導空間を建設し、両端から電子と陽電子を光速に近い速度で飛ばし、中央で衝突させることで宇宙開闢の謎を探る。質量の素粒子であるヒッグス粒子を解明する。人類にとって極めて重要な直線型加速器ILCを岩手県北上山地に建設する。これほど現在の日本にとって必要なプロジェクトはない。ところが、例により「予算」「財政」を理由に、日本政府は未だにILC誘致を決定していない。

 日本の物理学は、予算削減という荒波を受けながらも、「まだ」世界最高水準を維持していまる。また、北上にトンネルを掘りぬく土木・建設業界の技術力も「まだ」ある。

 さらには、IHIや浜松ホトニクスをはじめ、加速器という「超巨大な精密機器」を建設するための工業力も「まだ」存続しているのだ。だからこそ、世界の物理学会は日本にILC建設を委ねようとしている。

 ILCを建設することになると、日本の若者が次々にILC関連プロジェクトで働き、既存の技能が磨かれる形で継承されていくことになる。

 何しろILCは建設すればそれで終わりというわけではない。建設に10年。その後は30年以上もの期間、運用を続けることになる。つまりは、今の日本の子供たち、あるいはまだ生まれていない子供たちがILCで働き、物理学者、土木・建設技術者、さらには製造業の技術者として「人材」に育ち、日本の将来の供給能力を支えることになるわけだ。

 逆に、ILC誘致を断念すると、世界の物理学者は中国が表明している周長57㎞の「SPPC(super proton proton collider)」に向かうことになるだろう。日本の物理学は死に絶える。

 さらにわが国は土木・建設業、そして製造業についても、技術を磨く絶好の機会を逸し、衰退への道を歩んでいくことになる。やがて現場の科学者、技術者の方々が一人、また一人と消えていき、技能継承も行われず、わが国は発展途上国に落ちぶれることになるだろう。

 勘違いをしている人が少なくないが、技能、技術とは、国家や企業に蓄積されるものではない。実際には、技能も技術も「ヒト」に宿る。そして、ヒトには寿命がある。だからこそ、技術や技能を「次の世代に引き継ぐ」という技能継承の機会を、きちんと「知恵」を絞り、創出しなければならない。

 古来より、わが国の先人たちはこの種の「技能継承」の機会創出に、知恵を絞り続けてきた。もちろん代表が伊勢神宮である。

 伊勢神宮の本宮は、ご存知の通り「唯一神明造」で作られている。唯一神明造は、弥生時代の穀物倉庫が原型といわれている、途方もなく古い建築様式になる。ピラミッドの建築様式は失われてしまったが、唯一神明造は現代に受け継がれた。なぜ、伊勢神宮の古代の建築様式が残ったのか。もちろん、20年ごとに式年遷宮を繰り返してきたためだ。

 '13年10月に遷御の儀が行われた第62回式年遷宮は、20年ごとに1300年以上もの長きにわたり繰り返されてきた神宮の儀式である。一人の宮大工は、生涯に二度、式年遷宮を経験する。一度目は学び、二度目は伝えるのだ。

 式年遷宮が継続してきたからこそ、わが国には唯一神明造という太古の建築様式が受け継がれている。

 ILCは、技能継承の機会という意味で、日本の物理学、土木・建設、製造といった各分野における伊勢神宮なのだ。

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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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