地上にある駅舎は海抜663m。駅前には屋根が潰れた商店らしき廃屋しかなく、周辺にもドライブインと登山客向けの山荘が1軒ずつあるのみ。バスや車がたまに通る程度で、聞こえて来るのは近くを流れる渓流のせせらぎと小鳥のさえずりくらいだ。
そんな土合駅は、高崎方面行きの上りホームこそ駅舎に隣接しているが、越後湯沢方面行きの下りホームがあるのは地下70mの新清水トンネル構内。このトンネルは〈国境の長いトンネルを抜けると雪国であった〉の書き出しで有名な『雪国』(川端康成)のトンネルに代わる新トンネルとして、1967年に開通し、それに合わせてホームが設置された。
それゆえ、改札からは486段もの階段を降りなければならず、「下りホームまでは10分ほどかかります」など、乗り遅れないように注意書きの看板も見かける。国内の鉄道駅でこれほど地中深くにホームのある駅はなく、「日本一のモグラ駅」とも呼ばれている。
だが、そうした珍駅・秘境駅としての顔だけでなく、土合駅は恐怖にまつわる逸話を合わせ持っている。完成当時、全長13・5㎞と国内最長規模だった新清水トンネルでは、14人の作業員が工事中の事故により殉職。さらに谷川岳ではこれまで800人以上の登山客が亡くなっていて、これはエベレストを含む8000m級の世界全14座の犠牲者を凌駕しており、「最も多くの人が死んだ山」としてギネスブックにも認定されている。
それゆえ、「姿は見えないのに階段を上る足音だけ聞こえた」などの噂が流れ、「亡くなった登山客の魂が土合駅に集まっている」といった話もまことしやかに囁かれているほどなのである。“魔の山”の地下にホームを持つ土合駅には、我々の知らない何があるのだろうか。