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人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第29回

 政府・自民党にとって懸案だった医師会問題で、丁々発止の末「大ボス」「ケンカ太郎」こと武見太郎同会会長を見事に説き伏せ、「田中あり」を党内外に知らしめた田中角栄政調会長は、いよいよ意気軒高であった。
 昭和37年1月下旬からの通常国会の代表質問に登壇するや、暴力主義的破壊活動を行った団体を規制する破壊活動防止法案(略称「破防法」)に反対などの社会党に、モーレツ攻撃を掛けたこともその一つであった。
 社会党議員席からはもとよりヤジ、怒号が飛び交い、社会党の議場内交渉担当議員が「アレは質問になっていない」と事務総長席に詰め寄るなどの一幕があったが、田中はどこ吹く風であった。ところが、それから間もなく、今度は社会党に仇を取られることになる。

 同年2月6日、折から来日中のロバート・ケネディ米司法長官と田中政調会長他12人の自民党議員が、今後の沖縄返還問題について懇談した。そのときの田中がケネディに向かってしゃべった話の中身が、「オフレコ懇談会」であったにもかかわらず、どうしたものか翌朝の新聞にスッパ抜かれたのであった。田中いわくのそれは、「現在、日本国内で沖縄返還の要望が強いが、米国としては日本の憲法に核兵器禁止などの制約があることから、対中・対ソ(現・ロシア)との軍事的見地を鑑み返還できないものだと考える。従って、沖縄返還の一つの方法として、米国が返還の前提条件として日本が早急に憲法を改正し、再軍備を進めるよう提起したらどうか」というものだった。新聞報道直後の記者会見で田中は「私の真意をよく伝えておらん。もう、いらんことは一切言いませんよ」と弁明したが、待ってました、社会党が衆院予算委員会でこの“問題発言”を取り上げテンヤワンヤとなった。
 その予算委員会で、田中は池田勇人首相に「私が直接、釈明の答弁に立つ」と言ったが、池田は「いや、キミが出ればブチ壊しになる」と抑えて自ら答弁に立ち、「田中政調会長の真意は沖縄、小笠原返還の前提条件に、仮に米国から憲法改正、再軍備強化などの要求を出されたらそれこそ大変なことになるというところにある」と苦しい“助け舟”を出したものであった。
 その後、田中は与野党そろった予算委員会の理事会に出席、あらためて「発言は遺憾であった」と陳謝、辛くもケリをつけることに成功したのであった。

 しかし、ヘタをすれば内閣の命取りにもなりかねなかっただけに、首相になる前「貧乏人は麦を食え」などの放言、失言で知られていた池田もさすがに、こうボヤいた。「“失言の池田”が、人の放言の尻拭いをするようになったのか…」と。これを耳にした田中は政調会長更迭にビクついたか、さすがに意気消沈、「ひげでもそらなきゃならんかなぁ」と口にしたのだった。
 当時、すでに“チョビひげ”は田中の代名詞でもあった。もっとも、このひげの一件を、当時、米国留学中の愛娘・真紀子(後に外相)が報道で知り、「ヤジ(オヤジの意) ヒゲソルナ」の“ウナ電”(至急電報)を打ったことで、田中もそるのを思いとどまったというエピソードがある。

 こうした中で、一方で立ち直りの早いのも田中という政治家の特性だ。この頃、田中は自分に言い聞かせるように次のような「語録」を残している。
 「苦しくなって逃げ出すような奴は何をやってもダメだ。特に、政治の世界ではモノにならない。我慢強さ、ウロウロしない。すべからく、こうしたことが大事なのだ」
 「何事も誠心誠意でやることだ。些細なことでも手抜きはダメだ。率先垂範、全力投球。勝負は最後まで捨てない。物事は最後までどうなるか分かるものか。山より大きなイノシシは出ない。怖いものはない。志を持ったら断固やるべしじゃ。闘争心のない奴はモノにならない」

 政調会長として「天下取り」の視野が開けてきたこの期、一方でこんな声も出始めていた。田中の強大無比だった〈旧新潟3区〉に張り巡らされていた後援組織「越山会」元幹部のこんな証言がある。
 「田中は30代前半までは政治資金に汲々としていた。急に羽振りがよくなったのは政調会長になってからだ。“天下取り”にはまずカネ、子分を増やし、足元を固める必要があった。地元への公共投資導入に一気に拍車を掛け始め、同時に土地に絡むキナ臭い話も漏れ出してきた。学歴なし、門閥もなしの田中には、カネがなければ何もできなかった。そのことを、田中は身をもって知ったのではなかったのか」
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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