日本政府が一貫して主張してきたのは、「日本の水産物は安全であり、韓国の安全基準も十分にクリアしている」ということだ。安全な水産物を輸入禁止にするのは、WTOが禁じている不当な差別に該当するというのが提訴の理由だ。
一審では、日本の主張が完全に認められた。そのため、多くの関係者が上級審でも日本の勝訴を疑わなかった。ところが上級審は、日本の水産物が安全であるという科学的判断は維持したまま、「魚類が生息する水域の環境を考慮する」という韓国の考え方を事実上認めることになったのだ。
つまり、原発事故を起こした地域周辺の魚は、科学的にどんなに安全でも、輸入禁止にすることをWTOが認めたのだ。
日本政府は、遺憾の意を表明するとともに、韓国政府と引き続き輸入規制撤廃に向けた交渉を続ける意向を示した。だが、解決のめどは立っていない。それどころか、まだ23カ国も残っている被災地産品の輸入規制国との交渉も深刻さを増すだろう。差別を続けることにWTOがお墨付きを与えてしまったからだ。
こうした構造は、日本の喫煙規制と同じだ。健康増進法の改正で、来年4月以降は、中小企業の店舗を例外として、飲食店は全面禁煙となる。受動喫煙を防止するためではない。もし受動喫煙を防止するためだったら、店を2つに分割したり、フロアを分けることで、完全に防げる。受動喫煙の被害がないことは、煙の粒子量を計測すれば、科学的に証明できる。しかし、そうした完全な受動喫煙対策をしたとしても、喫煙席を設けることは許されない。なぜ許されないかというと、たばこを吸いながら食事をする人が存在すること自体を、政府は望ましくないと考えているからだ。喫煙者排除の論理だ。
この論理が、今回のWTOの審判にも貫徹している。いくら科学的に被災地の水産物が安全だということを証明しても、それは輸入禁止を解除する理由にはならない。どんなに安全でも、「原発事故に直面した地域の魚を輸入することが嫌だ」という権利を、WTOは認めてしまったのだ。
私自身は、たばこを吸うし、禁煙する気もまったくない。しかし、若い人たちには、たばこを吸うことを勧めていない。理由は、喫煙者は社会からとてつもない差別を受け続け、これからその差別がどんどん拡大していくことが、目に見えているからだ。
それと同じことが原発にもいえる。ひとたび原発事故を起こしてしまうと、その後、科学的に安全性が証明されても、言われなき差別を受け続けなければならない。それを回避する方法は、たった1つしかない。原発自体をなくすことだ。
政府は、農林水産物の輸出拡大を成長戦略の1つとして掲げている。だからまず農林水産省が、今回のWTO審判をきっかけに、反原発ののろしを上げるべきではないだろうか。再度、原発事故を起こせば、農産物輸出は壊滅するからだ。