田中はシーズンの3分の1が終了した6月9日の時点でまだ3勝しかしていない。
今季、田中は6月上旬までに12試合に先発しているが、そのうちの10試合は相手打線を自責点2以内に抑える好投だった。それなのに勝ち星が付かないのは、打線中軸の不良資産化が進み、好投しても見殺しにされるケースが多いからだ。
ヤンキースと言うと、大物打者が揃った強打のチームというイメージがあるが、今季は3番打者のタシェアラや4番のアレックス・ロドリゲスが絶不調。ほかの長期契約選手も故障かスランプという惨状を呈しており、チーム得点(223点)はア・リーグ15球団中14位。田中は、そのあおりをもろに受けているのだ。
このように田中は今季、とことん勝ち運に見放されているが、表(※本誌参照)にあるように、防御率、WHIP(1イニング当たりの被安打+与死球)、QS(6回以上を自責点3以内に抑えた回数)など主要な数字は軒並みア・リーグのトップテンに入っており、貢献ポイントを示すWAR(2.8)はア・リーグの投手で2番目に高い。
メディアの評価も高く、6月初旬に米国の人気スポーツサイト『コールトゥザ・ペン』が発表した「5月末時点のサイヤング賞選考」では5位にランクされている。
好成績の要因は、奪三振にこだわるピッチングをやめ、少ない球数で効率よくアウトを取ることに徹するようになったからだ。田中は1年目('14年)の7月にヒジの靭帯を痛めて2カ月間DL入りしたが、それ以降もヒジの故障リスクが高い状態が続いているため、球数は基本的に90〜100球に制限されている。
この球数だと、三振にこだわっていると7回終了まで投げ切ることは至難のワザとなる。そのため田中は、昨季から効率よくアウトを取るピッチングを志向し、試行錯誤を繰り返してきた。
昨季は、まだ奪三振へのこだわりがあったため、ストレートが甘いコースに入って外野席に運ばれるシーンが再三見られた。その反省から今季、田中は開幕からストレートをほとんど投げなくなり、スプリッター、スライダー、ツーシームの3球種を両サイドの低めに投げ分けて芯を外すこととタイミングを狂わすことに徹するようになった。
それにより効率よくゴロを引っかけさせることが可能になった。それだけでなく、一発を食うケースがめっきり減り、それが抜群の安定感をもたらした。
今後、田中に期待したいのは、6月以降もハイレベルなピッチングを続けて「年俸以上の働きをした」と評価されるシーズンにすることだ。
田中は1年目、6月までは目を見張る活躍を見せたが、7月上旬にヒジの靭帯を痛めてDL入り。後半はほとんど働けなかった。そのため年俸2200万ドル(24.2億円)なのに、1320万ドル(14.5億円=WARベースで算出)程度の貢献しかできず投資効率は40%のマイナスという結果になった。
昨季も一発病が深刻で安定感に欠け、年俸(2200万ドル=24.2億円)に見合った働きは出来ず、WARベースで算出した貢献額は1240万ドル(13.6億円)相当で投資効率は44%のマイナスになった。
このように田中は最初の2年間、年俸の半分程度の働きしかできなかった。それでも口うるさいニューヨークのメディアから批判されなかったのは、チーム内に年俸の2〜3割程度の不良資産化した元大物が何人もいたからだ。
そうした選手もようやく契約期限を迎え、今季、ないし来季限りでチームを去ることになる。田中が今後も年俸の半分くらいしか貢献できない状態を続けていると、いずれメディアの厳しい批判にさらされるのは必至だ。
それを避けるには、3年目の今季、何が何でも年俸2200万ドルを上回る貢献をしておく必要がある。前述のようにシーズンの3分の1を終えた時点で田中はWARが2.8なので、すでに1120万ドル(12.3億円)相当の貢献をしたことになる。
6月以降も「防御率3.00前後、QS率7割」をキープできれば、2400〜2500万ドル(26.4〜27.5億円)相当のWARを出すことは可能だ。オールスター選出も見える。それができれば、不動のエースと見なされるだけでなく、来季終了後に契約延長という大きな果実を手にする可能性もある。
田中が入団時にヤンキースと交わした契約では、'17年シーズンの終了時点で契約内容を見直すことになっている。田中がチームを出たければそれも可能だが、それは望まないだろう。球団も頼れるエースを引き留めておきたいので、'20年まである現行の契約を1年延長することで田中サイドに誠意を見せ、残留させようとすると思われる。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。