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本好きのリビドー(242)

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提供:週刊実話

快楽の1冊
『フランス座』 ビートたけし 文藝春秋 1300円(本体価格)

★たけしと唯一無二の師匠の物語

 ビートたけしと浅草フランス座。

 関東の、いな日本のお笑い界においてこの関係性を例えるのに的確な比喩といえば、もはや伝説の大出世の歴史的スケール感からして講談でいう『太閤記』の木下藤吉郎…いやまだ日吉丸と名乗っていた頃の彼が蜂須賀小六と出会い、のちの立身の糸口を掴む運命の場所、さしずめ豊臣秀吉における矢矧橋が最もふさわしかろう。

 いまだ何者でもない青年が大学を中退してストリップ劇場に転がり込み、踊り子の“姐さん”たちにかわいがられ、昔気質の師匠にコントや芝居のイロハを仕込まれ、奇人・変人・酔客の群れに揉まれつつ芸人修業を重ねた果てに、やがて組んだ漫才コンビで遂に売れてゆくまで―。演芸版『魔の山』とでも呼ぶべきこの成長物語(主人公を取り巻く人間環境を見る限り、山というより『魔の底』だが)が、どれだけ無数の笑いを志す若者の胸をざわつかせ、掻きむしり、精神を煽り立てたことか。恐らく著者本人も永遠に把握できまい。

 フランス座を舞台に著者の青春を描いた自伝小説としては、既に“古典”と化した観の傑作『浅草キッド』が90年代初頭に新潮文庫化されているにもかかわらず、あえて同じ題材を語る本書。重要な差はやはり『浅草キッド』に「構成」者として井上雅義氏の手が入っていたのに比べ、今回は昨年の『アナログ』同様徹頭徹尾、本人の直筆である点に尽きよう。

 そのせいか同じ時期、同じ空間を扱っているはずが焦点の中心になる登場人物に微妙なずれが生まれて興味深い(ツービートの相棒きよしより決定的な役どころの仲間の名が「マーキー」から「カーキー」に変わっていたり)。市川崑監督晩年の『犬神家の一族』と等しく、セルフリメイクの意味を探るのもまた一興。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】

「すごいとやばいで、日本の歴史がざっくり分かる!」と評判の『東大教授がおしえる やばい日本史』(ダイヤモンド社/1000円+税)が、抜群に面白い。

 確かに“ざっくり”とした内容で、歴史マニアが欲する詳細や、新しい発見などはない。だが半面、イラストと漫画で歴史上の偉人を描写。しかも、ただの描写ではなく「すごい」面と「やばい」面を対比させ、知られざる人物像がじっくり読める。

 例えば、戦国の最終覇者・徳川家康。264年続く江戸幕府の開祖という偉大な男だが、実は戦で恐怖のあまり、うんこを漏らした「やばい」過去を持つ。

 さらに、うんこではなく、「味噌が尻についた」と言い訳付きで。

 だが、この教訓がバネとなり、何事にも慎重な家康流処世術が誕生したのが「すごい」。
『枕草子』を執筆した清少納言。美しい文体の名作を著しながら、実は年寄り、田舎者、ブサメン、貧乏人をディスっていた超イジワルおばさんであり、後に『源氏物語』を書いた紫式部の旦那さんの悪口まで吹聴していた。これが「やばい」。

 だが、そうかといって清少納言の作品の輝きは、今もまったく失せることはない。そこが「すごい」。

 監修は、NHK大河ドラマの考証も務める東京大学資料編纂所教授・本郷和人氏。歴史上名高い人物のダークサイド、つまり日本の黒歴史にユニークに切り込んでいる。歴史は裏側から紐解くと、偉人たちが身近に感じられて興味深い。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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