しかし、スイッチヒッターを完成させるまでは大変だった。何しろ左右の練習をするわけで、右打者だった私は、特に左はほとんど未体験。右1、左9くらいの割合で振り込んだが、左は自分のスイングという気がしなかった。それでも手の血マメが何度もつぶれるほどバットを振り続けた。
そんな私を、監督は試合で起用し続けてくれた。スイッチがさまになってくると、1番の核弾頭を常時務め、長嶋さんが不調のときは、一度だけだが3番長嶋、4番柴田、5番王のオーダーが組まれたことがあった。このとき、阪神の江夏から先制2ランを放ったのを覚えている。
いずれにしても、川上監督の命を受けて、日本人初のスイッチヒッターとしてやったことは間違いではなかったと思っている。2000本安打(2018本)も達成できたし、盗塁王も6度(通算579盗塁=セ最多盗塁)獲得できた。
一方、プライベートでは監督に媒酌人を引き受けていただいたのだが、実は選手の中では私だけだった。監督は元来、選手が結婚するとき、媒酌人を頼まれても全て断ることで知られていた。チームの指揮官として、私情が入ることを嫌ったからだ。
なぜ私だけかというと、一度、見合い話を相談したとき、監督の意見に従って断ったことがあり、その後、結婚が決まって再び監督の元を訪ね、お願いしたい旨を伝えると、一瞬、困惑した顔を浮かべながらも「前の一件があるし、断るわけにいかんな」と引き受けてくれた次第。最初で最後の媒酌人というわけである。
さて、今でこそ“スモールベースボール”という手堅い野球が多くなったが、川上野球はその元祖とも言うべきもので、勝つためにはONにも容赦なくバントをさせ、確実に点を取りにいった。「勝つ野球にこだわる」が川上野球のモットーだ。だからこそ、永久不滅ともいわれる日本一9連覇の大金字塔を打ち立てることができた。
今季の巨人は、このV9以来となる日本一連覇を狙って日本シリーズを戦ったが、3勝4敗で楽天に敗れた。いい報告がしたかったけど、出直しだね。
天国の「おやじさん」、どうか安らかにお休みください。合掌。