横綱になってちょうど10場所目。これまでの9場所でフル出場したのは、ドラマチックな逆転優勝した最初の1場所(昨年春場所)だけ。その後の8場所はいずれも全休か途中休場で、横綱の史上最悪記録だ。このため、3場所連続となる全休を表明した先場所前、稀勢の里は、「覚悟はある」と、この秋場所に進退を懸けることを明らかにしていた。いよいよ、これ以上は逃れられない瀬戸際まで追い込まれたのだ。
そのため、7月末からおよそ1カ月に渡って行われた北陸、東北、北海道などを巡る夏巡業では必死のひと言。初日から参加し、ちょっとした旅行気分の力士たちを尻目に懸命に体を動かし続けた。この夏巡業で流した汗の量は、上位陣では間違いなく一番多かった。
もっとも、ほかの力士があまりにもひどかったとも言える。なにしろ直近の2場所を連続休場している白鵬は、ひざの不調を訴えて途中でリタイアするなど、ただの1日も土俵にあがって稽古することはなかった。
先場所、右足の親指を痛めて途中休場し、今度はかど番の大関栃ノ心も、途中から巡業に合流。だが、まだ回復途上で、8月26日の番付発表後にやっと稽古を再開したばかり。連覇がかかる御嶽海も、稽古場では相変わらずチャランポラン。8月末の稽古総見でも1勝13敗と大敗。番付発表会見で、そんな稽古で大関取りは大丈夫かという質問に、御嶽海は澄まし顔でこう答えている。
「稽古した者が上位に上がる、という説を覆したい。(オレは)自分流でここまできた。いけるところまでいって、いけなかったらそれもまた一つの人生です」
つまり、上位陣で稀勢の里がもっとも地道に努力したのだ。
気掛かりだった気力も確実に戻ってきている。稽古総見でも、豪栄道に顔を張られると、猛然と反撃。最後は力強く突き出し、こういってニッコリした。
「久々に、ああいう相撲が取れてよかった」
唯一の心配は、序盤をいかにうまく滑り出すかだけだ。このところ、上位陣の不調が目立ち、その間隙を巧みに突いた力士が優勝するパターンが続いている。
稀勢の里も、ひょっとするとひょっとするかも…。