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田中角栄「名勝負物語」 第四番 三木武夫(3)

 金脈・女性スキャンダル発覚を引き金に、無念の首相退陣を余儀なくされた田中角栄と、その後継に選出された三木武夫の激突は、ロッキード事件発覚を機に幕を上げた。

 昭和51(1976)年2月6日、突如として米国から「ロッキード社が日本の自衛隊にP3C対潜哨戒機を、そして全日空にトライスター機を売り込むために、30億円にものぼる巨額の工作資金を右翼の児玉誉士夫や丸紅を通じて日本の政府高官に流した」との第一報が伝えられた。4月に入ると、「政府高官」として田中の名前が出た。米連邦証券取引委員会(SEC)がまとめた5億円の賄賂を受け取ったとの調査資料が、日本に運ばれてきたのであった。

 これを機に、田中はメディアからの一斉攻撃を受けた。「本当のことを言え」というものである。田中は側近に、こう言ったとされる。「ワシャ、何のことかさっぱり分からん。どういうことなのかッ」と。

 一方、したたかな三木は、敏感に反応した。それまで口にしてきた自民党の「金権体質」批判と、退陣はしたものの絶大な影響力を温存する田中を追い落とす、絶好のチャンスと捕えたようであった。事件が海のものとも山のものとも分からない発覚当初から、異常なほどのヤル気を見せたのだった。

 米国から第一報が伝えられた翌日には、井手一太郎官房長官を私邸に呼び、「日本の政治の名誉のためにも問題の真相を究明しなければならない」と指示、即日「ロッキード問題特別調査会」を設置する手際のよさだった。また、「(事件を)ほどほどにという人があるが、徹底して真相を究明する。その結果、三木内閣がどうなろうと構わない」とも語り、「高官名を含む一切の資料提供を米国に求めるように」と宮澤喜一外相に指示を出した。さらには、自ら時のフォード米大統領に書簡まで送り、捜査資料の提供を促した。この結果、日米間で「司法共助協定」が調印され、日本の検察に資料が提供されることになったのだった。

 こうした三木の積極的な動きをメディアは高く評価したが、自民党内からは田中派を中心に異論が相次いだ。「三木ははしゃぎすぎだ。有頂天になっている」「一国の元総理を犯罪者扱いし、国や党のことより自分のことだけを考えている。ロッキード事件を政権維持の道具に使おうとしている」「惻隠の情がなさすぎる」等々である。

 とくに、フォード大統領へ書簡を送った件は党首脳陣もまったく知らされておらず、「苦渋の選択」で三木を田中の後継に裁定した椎名悦三郎副総裁は強く反発した。三木政権“生みの親”として、その動きは迅速だった。当時の政治部記者の証言がある。

「国会答弁でも、ひょうひょうとしておトボケが得意だった椎名だったが、このときの怒りは相当なものだった。『三木は今国会終了後に退陣させる』と。椎名はまず、5月9日に田中の盟友の大平正芳蔵相と会ってこの線で合意、翌日には福田赳夫副総理と同様の合意を取り付けた。田中派、それに福田、大平の両派がスクラムを組めば、三木に勝ち目はない。これを知った三木は言った。『自分に課せられている使命や責任を、中途半端に放棄することは絶対ない』と。
国民の支持は、自分にあるとの自信が強気の背景だったようだ。一方の田中と言えば、自分自身の問題だっただけに平静を装っていたが、田中派の結束を固める一方で、盟友の大平のケツを叩いていた。じつは、“三木潰し”に血道を上げていたということだ」

★「三木にやられた」と田中
 この田中、福田、大平の3派の動きは、「第1次三木おろし」と言われた。これによりピンチに立った感のある三木だったが、事態が急変する。7月27日、東京地検が外為法違反容疑で田中の逮捕に踏み切ったからであった。

 時の法律専門家からは、「外為法違反容疑で逮捕というのは別件逮捕であり、しかも外為法という形式的な行政犯で逮捕したというのは大きな問題である」との見解も出たが、「田中=クロ」と決めつけていたメディアの多くが小躍りし、国民もまた多くが拍手を送ったものだった。田中は東京地検特捜部の取り調べに、もとより全面否認した。

 田中は結局、起訴(外為法違反と受託収賄罪)され、逮捕から20日経って東京拘置所から2億円の保釈金で保釈されることになる。前出の元政治部記者の証言の続きがある。
「じつは、田中逮捕の夜、三木派の河本敏夫通産相、井手官房長官、中曽根派の中曽根康弘幹事長、稲葉修法相らは、料亭で酒宴を開いていた。これを知った田中派議員が激怒し、口々に『こういうときに酒宴とは何事か』『通夜の晩に酒盛りとはあまりに不心得すぎる』と声を荒げていた。また、保釈後、元神楽坂の芸者だった“別宅妻”のもとに足を運んだ田中は、家に上がるやいなや一点を見据えるように、二度悔しそうに言ったそうだ。『アメリカの差しガネで、三木にやられた』と」

 田中が逮捕されたことで、自民党はそれまで「ロッキード隠し」の批判を浴びてきたが、もはや“隠し”は必要なく、「三木おろし」の気運が再び盛り上がってきた。「第2次三木おろし」の勃発である。

 田中は三木の“仮面”を剥ぐ戦いに、無聊の中で死力を傾けるのだった。
(文中敬称略/この項つづく)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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