●アメリカは「北朝鮮の完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」を望んでいるが、北朝鮮は「朝鮮半島」の段階的な非核化を主張している(※在韓米軍撤退含む)。
●北朝鮮はアメリカによる「永続的な体制保障」を望んでいるが、トランプ大統領は自分の後継者の判断はコミットできない。
米朝首脳会談が開催されたということは、これら2つの「溝」が埋まったという話になる。問題は「いかにして埋まったか?」だ。
米朝首脳会談後に公表された共同声明によると、
『トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を与えることを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全非核化への確固で揺るぎのない約束を再確認した』(※共同声明文より引用)
とのことである。
「北朝鮮の完全で検証可能かつ不可逆的な非核化」ではなく、「朝鮮半島の完全非核化」だ。自国ではなく「半島非核化」と引き換えに、北朝鮮は「文書(共同声明)」により安全の保障を手に入れたことになる。金正恩の勝利である。
共同声明文は全体的に抽象的で具体性は皆無なのだが、それにしても北朝鮮による核査察の受け入れすら盛り込まれていないのは驚きだ。非核化関連の記述は、上記に加え、
『2018年4月27日の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島における完全非核化に向けて努力すると約束する』
があるのみである。
板門店宣言において、韓国と北朝鮮両国は、
『朝鮮半島の完全な非核化を南北の共同目標とし、積極的に努力をすること』
について合意した。北朝鮮は対韓国に続き、対アメリカでも「朝鮮半島(※北朝鮮ではなく)」の非核化について合意したわけだ。しかも、信じがたい話だが、トランプ大統領は米朝首脳会談後の記者会見で、米韓合同軍事演習を中止する意向や、将来的な在韓米軍の縮小、撤収の可能性についてまで言及した。
北朝鮮ではなく「朝鮮半島の非核化」という話になると、在韓米軍撤収の主張が正当化されてしまう。理由は、在韓米軍はいつでも核兵器を保有でき、しかもかつては実際に核兵器を保有していたためだ。
1991年まで、在韓米軍には核兵器が配備されていた。在韓米軍に配備されていた戦術核兵器は1000発を越え、'91年9月にブッシュ大統領(当時)が撤収を表明したのである。
北朝鮮に言わせれば、在韓米軍が存在する限り「半島非核化」は実現不可能という話になる。当然ながら、
「在韓米軍がある以上、一方的に自国が核兵器を破棄することはできない」
といった論調で時間稼ぎをしてくるだろう。
トランプ大統領は、首脳会談前に、
「過去の失敗を繰り返さない」
と語っていた。とはいえ、共同声明を読むかぎり、北朝鮮の「時間稼ぎ作戦」が成功したとしか思えない。何しろ声明の中で非核化は謳ったものの、具体的な検証やプロセスには触れず、弾道ミサイル破棄に関する言及すらないのだ。さらに、北朝鮮の朝鮮中央通信は13日、両首脳が朝鮮半島の非核化を実現する過程で「段階別、同時行動の原則」の順守が重要との認識で一致したと報じている。これまでアメリカが求めてきた「完全、かつ検証可能で不可逆的な核放棄」など、どこかに吹き飛んでしまった。
一応、対北朝鮮制裁は継続することになってはいるが、中国やロシアをはじめ、制裁破りの国が続出することになるだろう。結果、北朝鮮は一息つくことができ、核ミサイルの最終的な完成までの時間稼ぎができる。
筆者は、いわゆるリビア方式でなくとも、せめて国際原子力機関(IAEA)の査察くらいは入ると期待していたのだが、それすら言及されていない。声明文には、
『米朝首脳会談の成果を履行するため、米国と北朝鮮はマイク・ポンペオ米国務長官と北朝鮮の担当高官が主導して、できるだけ早い日程でさらなる交渉を行う』
と書かれたが、要するに具体的な話は何も決まっていないのである。それにも関わらず、アメリカ側は文書で北朝鮮の体制保障を確約してしまった。無論、北朝鮮が査察を受け入れたとしても、山がちで核兵器の「隠蔽」の地形には事欠かない国だ。実際に、北朝鮮が核放棄をすることはないだろう。
それにしても、査察の実施すら共同声明に盛り込まれないとは驚くほかない。トランプ大統領は、北朝鮮の「核保有路線」に完全にはまったのである。非核化も、拉致問題も、何ら具体的な話はなく、北朝鮮側が体制保障を取り付けた。北朝鮮の時間稼ぎ戦法の勝利である。
北朝鮮はミサイルのエンジン試験場の解体を表明しているが、弾道弾ミサイルはそのまま配備されている。試験場を今さら解体したところで、大勢に影響があるわけではない。
「核ミサイルを配備し、アメリカと対等に(体制保障の)交渉をする」
という金日成から続いている戦略が、そのまま継続されていると理解するべきだ。
さらに、北朝鮮の2つ目の戦略、
「韓国に親北朝鮮政権を打ち立て、最終的に連邦国家を目指す」
との項目も着々と進行中だ。韓国の文在寅大統領は、米朝首脳会談の結果を称賛。「在韓米軍の撤収」までもが話題になったにも関わらず、危機感はゼロ。韓国では、早くも開城工業団地の再稼働への期待も起きている。対北経済制裁を韓国自ら破りそうな勢いだ。
今回の米朝首脳会談を受け、国内マスコミはまるで明日にでも北朝鮮が核を放棄するような論調であるが、実際には核問題は解決には向かわず、拉致問題も進展せず(「言及」はされたが)、
「アメリカによる、北朝鮮の核保有国認定」
「南北朝鮮の連邦制による核保有国誕生」
という、日本にとって「悪夢のシナリオ」にまた一歩近付いたのは確実だ。
結局のところ、「日本の問題は、日本国民が解決する」という意識を持たない限り、わが国は周辺諸国に振り回され、安全保障がひたすら弱体化していく現実は変わらないのである。
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。