日本人投手の中でピッチングに最も大きな変化が見られたのはヤンキースの田中将大だ。田中はアストロズとの開幕戦に先発し5回3分の2を2失点に抑えるまずまずの投球を見せたが、米国最大のスポーツ専門局ESPNは「タナカは6回途中まで投げたが通常の速球(ストレート)は1球しか投げなかった」と伝えている(マーチャンド記者)。
なぜ田中は「ストレートを捨てたピッチング」を見せたのだろう?
答えはハッキリしている。対戦チームが「タナカはスプリッターとスライダーはトップレベルだが、ストレート系(ストレート、ツーシーム)はワーストレベル」という認識を持つようになったからだ。実際、開幕戦で対戦することになったアストロズのヒンチ監督は、ゲーム前日、メディアの取材に「タナカは、悪い時はストレート系に頼ろうとする傾向があるけど、いい時はストレート系をあまり投げない」と語り、ストレート系に的を絞っていくことを明言していた。
敵将からこうした発言が飛び出すのは、分析データを見て田中のピッチングを研究しているからだ。最も信頼度が高い野球データサイト『ファングラフス』は投手の各球種の評価を掲載しているが、2015年のデータを見ると田中はスライダーがプラス10.7ポイントでスライダーを投げる135投手(ア・リーグ)の中で5位。スプリッターはプラス8.9ポイントで、同球種を投げる23投手中2位と最高レベルの評価を受けているが、ストレート系はマイナス17.7ポイントで、ア・リーグの191投手中188位というかなり低い評価がくだされた。
こうしたデータは、もちろん相手チームも見ている。アストロズのヒンチ監督はそれを見て昨年の1ゲームプレーオフで田中と対戦したとき、各打者に初球を狙わせて田中をKOしている。
初球を狙い打ちさせたのは、ストレート系が最も多くなるカウントだったからだ。
では、具体的に、田中は「ストレートを捨てたピッチング」で何が得られるのだろう。大きいのは(1)一発病の克服、(2)少ない球数、(3)ゴロ量産、の三つである。
最初に「一発病の克服」を挙げたのは、今季の田中の最大の課題は被本塁打をいかに減らすかという点にあるからだ。昨年、田中は25本の本塁打を打たれている。この数字はア・リーグのワースト9位だ。その大半は、甘く入ったストレート系を打たれたもの。今季、ストレートを捨てた投球で被弾を大幅に減らすことができれば、おのずから成績はよくなる。
被弾を15本程度に減らすことができれば、期待される16勝以上と2点台の防御率を出す確率はグンと高くなるだろう。
「ストレートを捨てたピッチング」は三振を取るピッチングではなく、打たせて取るピッチングである。そのため球数も少なくなるが、これは大きな意味がある。なぜなら田中はヒジの故障リスクが高いため、今季も厳格な球数制限が課せられており、90球前後でマウンドを降りることになるからだ。
90球の球数制限で三振を取ることにこだわると、5回までしか投げられないケースが多くなる。しかし「ストレートを捨てたピッチング」だと6回か7回まで行ける。このことは、勝ち星を大幅に増やすことにつながるだろう。
なぜなら、今季のヤンキースのリリーフ陣には、メジャー最強を誇ったベタンセスとアンドルー・ミラーの逃げ切りコンビに、時速165キロの豪速球男アロルディス・チャップマンが加わり、6回終了時点で1点でもリードしていれば、7、8、9回はこの3人が抑えて、95%以上の確率で勝てる体制ができ上っているからだ。
「ストレートを捨てたピッチング」は、言い換えれば三振よりゴロ量産を狙ったピッチングである。その場合、重要なのは味方内野陣の守備力だ。
ヤ軍は一昨年まで、手抜き守備で評判が悪かったカノーと守備範囲が極端に狭くなった老雄ジーターの二遊間コンビだったので、ゴロを打たせるタイプの黒田博樹は年間50本以上も、なんでもない内野ゴロをヒットにされて迷惑していた。しかし、ヤ軍は世代交代を進め、今季はトップレベルの守備力を誇るスターリン・カストロが二塁手としてカブスから加入。ショートのディディ・グレゴリアスもメジャー屈指の守備力を誇る遊撃手に成長しているので、投手は内野ゴロを打たせれば打たせるほどメリットを享受できる体制になっている。
「ストレートを捨てたピッチング」で、田中もゴロを量産するようになるので、そのメリットを最大限享受することになるだろう。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。