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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第22回 正しいデフレ対策

 安倍政権の経済政策、通称アベノミクスとは、金融政策と財政政策、そして成長戦略の「三本の矢」から成り立っている。

 金融政策とは、日本銀行の量的緩和(通貨発行)だ。インフレ目標(安倍政権は2%)を定め、目標を達成するまで「無制限」の金融緩和、具体的には国債買取と通貨発行を続けるわけである。
 とはいえ、日本銀行の金融政策「のみ」で我が国がデフレから首尾よく脱却できるかといえば、必ずしもそうとは言えない。というよりも、金融政策だけで「短期間に」デフレ脱却することは、これは実に困難としか言いようがないのだ。
 なにしろ、日本銀行の量的緩和とは、「日本銀行が国内の銀行(等)から国債を買い取り、代金として新たに発行した日本円を支払う」形で実施される。すなわち、量的緩和による通貨の発行は、日本国民ではなく国内の銀行に対して行われるのだ。

 日本銀行が銀行から国債を買い取っただけで、物価が上昇し、国民の所得は増えるのか。もちろん、そんなことは有り得ない。
 物価とは、国民がモノやサービスに消費や投資として支出した際の価格なのだ。日本銀行が銀行から国債を買い取るとは、「政府の借用証書」という債権の売買に過ぎない。国債などの債権とは、モノでもサービスでもない。どれだけ巨額の国債を日本銀行が買い取っても、それ「のみ」では物価に何の影響も与えない。

 日本銀行から銀行に発行された新たな日本円が、国内の民間企業などに借りられ、消費や投資として支出されれば、物価にプラスの影響が生じる。ただし、ここで言う「投資」とは民間の住宅投資、設備投資、そして公共投資のみである。
 銀行から貸し付けられたおカネが、株式投資や土地の購入に投じられても、物価には何の影響も生じない。

 意外に思われる読者も多いだろうが、株価上昇や不動産価格上昇により、投資家が値上がり益(キャピタルゲイン)を得たとしても、それ「のみ」では物価に何の影響も与えず、国民の所得は1円も増えないのだ。
 国民の所得とは、誰かがモノやサービスに消費、投資として支出してくれなければ「決して」増えない。モノやサービスは、国民の労働から生まれる(というか、労働からしか生まれない)。すなわち、物価とは「国民が働き、生産したモノやサービスの価格」を意味しているのである。
 土地とは、別に日本国民の労働で生み出されたわけではない。株券とは、市場における企業の資本の価値に過ぎない。土地も株券も、モノでもサービスでもない。というわけで、銀行から借り入れられたおカネが、株式投資や土地購入に向かうだけでは、物価は上昇せず、国民の所得が増えることもないのである。

 日本国内において、どれだけ巨額の量的緩和が実施され、社会全体でおカネが「量」として動いても、モノやサービスが購入されなければ物価は上がらない。デフレ脱却のためには、モノやサービスへの消費、投資が拡大しなければならないのだ。
 例えば、政府が全ての国民に1人100万円を配布したとしよう。約1億2000万人の日本国民全員に1人100万円を配ると、コストは120兆円かかることになる。120兆円という巨額のコストがかかり、各家庭の銀行口座に1人100万円を振り込んだとして、この時点で「デフレ脱却」、すなわち物価上昇の効果がいくらかと言えば、ほぼゼロだ。
 何しろ、政府がどれだけ巨額のおカネを国民に「贈与」したところで、それが、消費、もしくは投資として使われなければ、物価は上がりようがない。

 デフレからの脱却とは、モノやサービス価格の上昇である。ひいては、国民の労働の価格の上昇でもある。すなわち、所得の増加だ。
 問題の本質は、おカネの量ではなく、
 「おカネがモノやサービスの購入のために使われ、所得を高めたか、否か」
 になるのだ。日本銀行が量的緩和を拡大し、さらにそれが民間に借りられ、社会全体のおカネの量、すなわちマネーストックが増えたとしても、物価が上がるとは限らない。
 社会全体のおカネの量が増え、さらにおカネがモノやサービスの購入に使われてはじめて、物価は上昇に向かうのだ。

 我が国の社会全体のおカネの量(マネーストック)は'03年4月から'12年末にかけ、意外なほどに堅調に伸び続けている。金額で言えば、増加分が約160兆円になる。およそ10年間で、社会全体のお金の量は160兆円増えたわけだ。
 それにもかかわらず、コアコアCPI(食料、エネルギーを除いた物価指数)の方は、これまた「堅調」に減り続けた。すなわち、デフレーションの継続だ。これは、現在の我が国が、おカネがモノやサービスの購入に「向かい難い」環境に陥っていることを意味している。
 日銀が量的緩和で通貨を発行するのは当然として、それを誰かが借り入れ、強引に投資や消費に向かわせなければならないのだ。

 深刻なデフレ不況に苦しむ我が国において、民間企業が積極的に銀行融資や設備投資を増やすことはない。だからこそ、非合理的に支出を拡大できる「誰か」が日銀から発行された日本円を借り入れ、国内で消費、投資として支出しなければならないわけだ。
 非合理的に支出可能な「誰か」とは、もちろん中央政府になる。

 現在の日本において、正しいデフレ対策とは日本銀行の「金融政策」と、日本政府の「財政出動(公共投資、減税など)」のパッケージだ。
 ゆえに、アベノミクスの二本目の矢が「財政政策」となっているのである。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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