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世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第265回 人が大切にされる社会

 安倍政権の金融政策を除く経済政策はひどいものだが(正直、まともな政策を思いつかない)、最も日本を「壊す」可能性が高いのは、やはり移民受け入れだ。特に、技能実習制度の介護分野への適用拡大は、将来の日本国に深刻な影響をもたらすことになるだろう。

 昨年11月、外国人技能実習適正実施法が改正され「優良な実習実施者・監理団体」限定で、外国人実習生を最大5年まで“活用(雇用ではない)”することが可能になった。また、常勤従業員数に応じた人数枠も、最大5%から最大10%へと倍増。さらに、技能実習制度の職種への介護追加が決定された。
 介護大手は、早速、外国人技能実習生を受け入れに動いている。報道によると、介護大手のソラストやツクイが、10〜15人の外国人を受け入れるとのことである。ソラストやツクイが入れるのは、主にベトナム人だ。ベトナム現地で日本語の研修を実施し、さらに座学や実技研修、その後、国内の介護現場に投入される。何しろ、介護の有効求人倍率は4倍を超えているため、介護事業者が「外国人であっても、人手がほしい」と切望する気持ちは理解できる。
 とはいえ、対人サービスの極致たる介護サービスにおいて、言語、風習、習慣、宗教、伝統、マナー、ライフスタイルが異なる外国人を導入し、本当に問題が起きないのか? 工場のラインで、マニュアル通りの単純作業をしてもらうのとはわけが違う。しかも、介護分野において「異なる国の人」を指導し、共に働かねばならない日本人が、大変な苦労を強いられることになるのは目に見えている。外国人を導入したことで、介護現場の日本人のストレスが高まり、かえって「人手不足」に拍車がかかる、などという事態に陥るのではないかと懸念している。

 建設分野では、外国人技能実習生について、
 「コミュニケーションのミスで、安全が損なわれる可能性がある」
 との理由で、雇用(本来の雇用ではないが)に逡巡する企業は少なくない。コミュニケーションの問題で事故が発生した日には、昨今では会社が「終わり」になってしまうわけだから、無理もない。
 常識に照らし合わせれば、誰でも分かるはずである。工場のライン、建設現場、介護現場の3つを比較すると、現場におけるコミュニケーションの重要性は、間違いなく「介護現場>建設現場>工場のライン」の順番になる。

 本連載でも繰り返しているが、介護分野の人手不足は、
 ●介護報酬を引き上げ、現場の方々の給与水準を高める。
 ●政府主導で生産性向上のための技術投資を行い、普及に努める。
 の2つを同時並行的に行う以外には存在しない。そして、介護の現場で生産性が高まり、働く人々の給与が順調に増えていけば、日本全体の経済成長にも貢献することになる。
 それにも関わらず、安倍政権は相変わらずの緊縮路線。介護報酬は抑制に努め、生産性向上の技術投資は民間に丸投げ。挙句の果てに、技能実習制度を介護分野に適用。安倍政権は本気で日本の経済成長を望んでいるのか、疑問視せざるを得ない。

 ところで、現在の日本で移民問題がクローズアップされている事の始まりは、少子高齢化による生産年齢人口比率の低下だ。つまりは、人手不足である。人手不足には、もちろんプラスの面もある。というよりも、人手過剰と比べると、はるかに望ましい環境と断言できる。少なくとも、ブラック企業に代表される、人手過剰がもたらした問題は、解消に向かうはずだ(時間はかかるが)。
 また、企業もようやく「正規雇用」を増やさなければならないという現実を理解しつつある。帝国データバンクの調査によると、正社員採用を予定している企業の割合は65.9%と、リーマンショック前の水準を回復した。特に、建設や運輸といった業界で、正規雇用採用の意欲が高まっている。企業規模で見ると、やはり大企業の方が高く、84%。中小企業は61.3%。人口構造の変化という抗いがたい圧力が、次第に日本国を「人が大切にされる社会」に戻しつつあるわけだ。

 かつて、わが国は「人が大切にされる社会」であった。何しろ、高度成長期の日本は完全雇用だったため、そうならざるを得なかった。
 その後、バブル崩壊と緊縮財政を経て、日本経済がデフレ化。人が安くなる国へと落ちぶれてしまう。
 日本国民の多くは、過剰なサービスや品質を「安く」提供することを強いられる事態になった。所得が十分にある人は暮らしやすいわけだが、反対側で生産者が酷使される悲惨なデフレーションが、何と20年以上も継続してしまった。
 実質賃金の下落も続き、国民が貧困化。若者が結婚しないというよりは、できなくなり、婚姻率が低下。少子化も進行。少子化が続くと、必然的に生産年齢人口比率が低下していく。結果的に、人手不足が深刻化し、「人が大切にされる社会」に戻りつつあるのが今の日本なのだ。経済とは、実に不思議なものだと思われないだろうか。この日本の「人が大切にされる社会」への回帰を潰すのが、移民受け入れなのである。

 日本は今、分岐点にある。人手不足を「技術」で埋めることができれば、生産性が向上し、実質賃金も上昇、かつてのように「人が大切にされる社会」に戻れる。また、実質賃金上昇は婚姻率を引き上げるため、少子化もいずれは解消に向かうだろう。
 すでに、小売業では完全無人レジ、土木業ではドローン測量、フルコントロールの自動施工の導入が始まった。運送業では、隊列走行、介護分野ではパワードスーツ、農業分野でもドローンによる種まき、野菜や果実の育成・収穫に向けたロボット開発も進んでいる。移民受け入れは、これらの技術革新の目を摘んでしまう。
 将来のわが国の歴史の教科書には、安倍政権の移民受け入れ政策が、日本国を「かつて日本と呼ばれた移民国家」に変え、かつ技術小国化させたと記されることになるだろう。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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