search
とじる
トップ > 社会 > 宗教とコロナ番外編 宗教法人に雇用調整助成金

宗教とコロナ番外編 宗教法人に雇用調整助成金

pic pic

提供:週刊実話

 小泉今日子、きゃりーぱみゅぱみゅ、浅野忠信ら芸能人がツイッター上で「反対」した「検察庁法」(実際は、公務員定年引き上げ法案の一部)騒動の陰で、一昔前なら野党がこぞって批判していたはずの「特例措置」が成立した。

 コロナ感染拡大に対する緊急経済対策の一環として給付されることになっている「雇用調整助成金」対象へ、あっさり? 宗教法人も加えられたのである。まさに、コロナと宗教の「隠れた番外編」と言えるのだ。順を追って説明しよう。

「新型コロナウイルスの影響により業績が悪化したなどの理由によって、事業主が休業手当を支給して従業員を休ませた場合に、その費用の一部を政府が助成する」――これが、特例措置の本来の目的である。文化庁から日本宗教連盟へ、わざわざ情報提供が行われたのが4月17日のこと。要旨は以下の通りだ。

●4月1日〜6月30日の「緊急対応期間」内の措置。
●雇用保険に加え、労災保険に加入(適用)事業所(寺、神社、教会などに相当)が対象。
●常勤、アルバイト、パート等を問わず、仕事を休ませて休業手当を支給した場合などで、最大9割が助成される。

 もちろん、申請は必要だ。たとえば、アルバイトの巫女を複数雇用しており、労災に入っていた。ところが、コロナ自粛の煽りで、参拝客はゼロ状態。そこで社務所を閉め、仕事は休んでもらい、その代わりの休業手当てを支払っているというケース。「休業手当の最大9割が政府から助成される特例措置に、宗教法人も含まれました」と文化庁から日本宗教連盟へ“お達し”が届いたわけだ。

 国宝や重要文化財を所有している宗教団体へは、維持のために補助金は出る(といっても、修理補修費用にはおよそ達しない額)。建前上は、宗教法人の所有物であっても、国民共通の財産という理屈からだ。

 それ以外の宗教への公金支出は、憲法上不可とされている。第89条の、いわゆる「政教分離規定」に由来するものだ。ただし、宗教法人とて代表役員(会社の社長に相当しよう)の下、複数の専従者スタッフ(聖職者や事務方)を抱える教団は、当然のことながら雇用保険や労災、あるいは社会保険に加入する「俗世」部分がある。解雇、病気、怪我等で、これらのお世話にもなるし、当然、保険料も天引きされている。ただし今回は、それに特例が加わった格好だ。

★コロナ禍注目の少彦名神社

 一方、長らく「修行中の身分の者は、無給が原則であり、雇用関係はない」という定義がまかり通ってきたのが宗教界である。僧侶や神官などに宗教法人と雇用関係があるのか、無償の修行者なのかは、いまだに民事訴訟の争点になる。聖職者は、「労働者」という判例が確定したのは、そう昔のことではない。約40人のスタッフを抱える大寺院住職氏が言うには、
「ローテーションで御朱印を書いたり、お守りを領布する担当者が約10名ほどいて、彼らには休んで(休業して)もらっています。正直言って、休業手当ての9割を出してもらってもねぇ…。葬儀は縮小、行事は中止のままですし、収入は激減です。それらが解決しないでは、いずれ業務縮小を考えねばなりません」

 知己の首都圏エリア神社の神主氏(階級で表現しない条件での取材)によると、
「残念ながら、何人かの巫女に辞めてもらいました。檀家があって、固定的な葬儀収入のあるお寺さんならともかく、こちらの主たる収入源は初詣は別格として、地鎮祭や七五三、お宮参りと神社固有のお祭寄附ですから、手の打ちようがない。雇用を維持できる経済的余裕はなかったんです。雇っていて、休業してもらう場合の給付金という性格上、解雇を言い渡した後ではどうにもならない」

 今回の特例措置は、明らかに前例を作ってしまった。大教団にすれば、専従スタッフが多く休職している条件では、公金支出は「干天の慈雨」だろうし、政教分離の原則に照らせば、非常に疑問の残る特例といえる。

 では、コロナ禍にあっても気を吐く神社や寺院は皆無なのだろうか?

 それは大阪に存在した。大阪の薬問屋街の信仰を一手に預かる『少彦名(すくなひこな)神社』である。この神社のような製薬会社幹部らが陸続と参拝、お守り等々を買い込むケースは、他の寺社ではほとんど見られない。宗教界のベンチャー事業者からは、こんな手厳しい声が上がる。

「今、アマビエがブームになって、SNS発信へ慌てて舵を切る寺院、神社が急増していますが、なぜ自分たちの持つレガシーを活かそうとしないのか、とても不思議です。アマビエに続けとばかりに、たとえば山梨県立博物館は『ヨゲンノトリ』などの資料をネットにアップして、明らかにブーム化を狙っている。公的機関に遅れをとっているのが、宗教界なんです。

 古刹、名刹、あるいは歴史ある神社には、この種の伝説がある収蔵品、文書などがおそらく眠っているはず。アマビエだって、京都大学附属図書館に眠っていた1枚の絵しか、(伝聞)記録はないけれど、水木しげるさんが妖怪モノで描いていたから拡散したんです。そのツールがSNSでした。

 なのに、疫病退散の祈願をネット中継する方にばかり注力しているのが、伝統教団です。ああいうのを見て『みんなのために祈っているぞ』と伝えても、受ける側には『上から目線』として捉えられてしまう。令和という時代を分かっていないし、デジタルツールの使い方を知らない」

 実は、疫病退散に関して、民間伝承も含め日本には、さまざまなストーリーやキャラクターが眠っている。先の少彦名神社の場合、祭神はもう一つ、神農がある。こちらは、中国の「医の神様」だ。東京では湯島聖堂で神農と出会えるのだが、こちらは“テキヤの神様イメージ”がつきまとう。

 少彦名神社の立地場所は、薬問屋の集積地であり、彼らが京都の五條天神社から分霊して創建したのである。もちろん、薬の神様をお呼びするためだ。その創建自体、今から240年ほど前で、さほど長い歴史のある神社ではないが、自粛などどこへやら、薬開発を期しての参拝者はひきも切らない。

「一般的な疫病退散に、もう一つ要素が加わらないとうまくいかない。要は『そこにしかないもの』を強烈に、かつ強引でないスタイルで拡散するのが肝要です」

 とは先のベンチャー事業者の弁。大阪ばかりに目が向くが、実は祭神が少彦名命の神社は、東京の神田明神(二之宮祭神)や布多天神社など、全国に20社ほど存在する。これらが「コロナ退散」で話題にすらなっていないのは、どういうわけだろう。

 五月人形の「髭武将」が鍾馗(しょうき)様というのは、多くの日本人の大人ならご存じのはず。この鍾馗様も、中国皇帝の病退治から誕生した経緯がある。五月人形の鍾馗様は、子供の健康に由来して飾られるが、今年はその話題さえ消滅した。逆に言えば、ポストアマビエを誕生させるチャンスを見逃してしまったのだ。

 京都の町家などでは瓦屋根に鍾馗像が置かれる光景にお目にかかれるが、中国では「鍾馗とコウモリ」が一対となった画が一般的に存在する。一見すると、鍾馗様が剣でコウモリを退治しているかのような構図。実は、中国語の読みで「蝙蝠(こうもり)」のモリの方は、福と同じく「フー」と発音する。だから招福の絵とされているし、日本でも「福砂屋のカステラ」の意匠はコウモリだし、日本石油の旧ロゴもそれをあしらったものだ。コロナ禍では、皮肉な組み合わせか。

「病への恐れもさることながら、自分の恐怖心や不安こそが感染者バッシングや自粛ポリスの根源にある。その解消に宗教はそれなりの効果が期待できます。アマビエ拡散は、決してコロナ騒動をおちょくっているのではなく、何かに仮託して不安を解消する方向性や、こうした時期だからこそ面白がる必要性を教えてくれたと感じませんか」(同)

 コロナ禍、幸福の科学学園だけは自粛風もなんのその、開校を貫いている。

関連記事


社会→

特集

関連ニュース

ピックアップ

新着ニュース→

もっと見る→

社会→

もっと見る→

注目タグ