田中より4歳上の金丸は山梨県生まれ。東京農業大学専門部を卒業、一時、中学教師をやっていたが、いったん辞めて家業の醸造業を継いだ。その後、衆院選挙に打って出て、初当選後に佐藤派入りしたものだった。
佐藤派には田中のほか、保利茂、愛知揆一、橋本登美三郎など実力者がそろっていた。そうした中で佐藤派入りした金丸であったが、しばらくは乱闘国会などで“鉄砲玉”として存在感を示す“体力派議員”と位置づけられていた。
議員は、国会対策畑を主な活躍の場とする体力派と、頭脳勝負で法案づくりなどに励む政策派に、大きく二分される。これは、今日でもあまり変わっていない政界地図なのだ。
さて、四角い顔をしてどこか茫洋とした雰囲気があり、性格は豪胆そうだが何を考えているのかよく分からぬ金丸は、かくて佐藤派では体力派に振り分けられた。金丸と親しかった政治部記者の、こんな証言が残っている。
「金丸は農大時代、柔道をやっていた。立ち技は得意だが、寝技はまったくダメだったそうです。加えて、『代議士初当選から本という本は一冊も読んだことがなく、すべて耳学問と経験則で動く男』などのエピソードも付いて回っていた。ただし、度胸のよさ、直感力の鋭さ、情報収集能力の高さは、陣笠代議士時代から知られていました。
そのために、幹事長時代の田中などは、金丸によくこう言っていたそうです。『あんたは政治向きのことは考えんでいいから、(乱闘国会のときには)突っ込め』と」
しかし、こうして佐藤派の中で揉まれているうちに、金丸は「調整役」としての才能を見せ始めた。金丸が佐藤派内で師事したのは、幹事長や官房長官を歴任した保利だったが、その“手法”を学んだということである。
保利は座右の銘の「百術は一誠にしかず」を胸に、野党対策など“調整名人”として知られ、その手法は、「雪ちん(トイレのこと)詰めの保利」と言われていた。例えば、野党との折衝でも、泥棒を捕えるように一部屋一部屋シラミつぶしにしていき、結局、雪ちんに追い込んで捕えてしまうのに似ていたのである。捨て身の全力投球、巧緻を極めた調整が保利の持ち味であった。
のちに、「保利さんが俺の師匠だ」と胸を張った金丸は、保利流の「調整役」としての呼吸、ノウハウを身につけていた。国会対策委員長という与野党折衝の花形ポストに就いて腕を磨くことができたのも、保利の佐藤首相への強い推せんがあってのたまものだったのである。
★三木武夫に切った“仁義”
やがて、佐藤首相が退陣し、田中が佐藤派の大勢をまとめる形で、福田赳夫との「角福総裁選」に立ち向かうと、金丸は同じ党人派としての田中を支持することになった。金丸は、その天下分け目の総裁選で、早くも保利譲りの調整力を発揮した。
かつて、田中に「あんたは政治向きのことは考えんでいいから、突っ込め」と言われた、体力派からの脱却、変身を見せつけたということだった。
総裁選で田中は、政策協定により、田中、大平(正芳)、三木(武夫)派の三派連合に成功した。しかし、田中が第1回投票で過半数を取れずに決戦投票となった場合については、したたかさで鳴る三木は田中支持を約束しなかった。
自分と自らの派閥を高く売る戦術の妙にたける三木は、かねてからの異名である「バルカン政治家」の本領を、ここでも遺憾なく発揮したのである。
そのうえで三木は、総裁選ギリギリとなってから、田中にこんな決選投票での支持の“条件”を突きつけてきた。
「あなたが首相になって、日中国交回復に手を付けてくれるなら…」
結局、この三木と田中の“握手”は、東京・九段のホテル・グランドパレスの一室で行われることになった。このとき、田中に同行したのが金丸で、三木には策士としても聞こえた側近の毛利松平が付いていた。
金丸はこの場で、三木に向かって“仁義”を切ったのだった。
「三木先生、田中がもし日中問題をやらねば、私は田中派をおいとまし、三木先生のところにお世話になるつもりです。これは、私の約束です。国家と国民のため、どうか田中と手を握っていただきたい」
大事にあたって「国家と国民のため」と仰々しく持ち出すのは、また、金丸の一貫した“常套手段”であった。この金丸のいささか芝居っ気たっぷり、単刀直入にして捨て身を感じさせる迫力に、練達の三木も複雑な表情を浮かべながら、田中と手を握ったということだった。
この「角福総裁選」は、結局、決選投票にもつれ込んだが、金丸の“一芝居”もあって三木派の支持を取り付けていた田中が、辛くも福田を破ることができたのである。その金丸が田中の首相退陣後、田中が嫌う自身の「盟友」竹下登を担いで「オヤジ(田中)殺し」に出ることになるとは、この時点で田中も金丸も、もとより知るすべはなかったのだが…。
(本文中敬称略/この項つづく)
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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。