4人の遺体は福島県立医科大学に運ばれ、法医学の専門家が調べたところ、致命傷はいずれも首の刺し傷と判明した。
殺害されたのは、東北有数の港である福島県小名浜港近くのアパートに住む職業不詳の吉川美奈子さん(43)と、息子で中学3年生の歩夢(あゆむ)さん(15)、そして双子の娘の茅乃(かやの)さん(13)、海音(かいね)さん(13)である。2人は兄が通う小名浜第一中学校の2年生。
茅乃さんは出血性ショック死、他の3人は失血死だった。
近くに住む40代の女性によれば、
「ただただびっくりして、何が起こったのか、いまでも信じられません。お母さんや子ども3人も明るい性格で、挨拶もしっかりするし、とても礼儀正しい一家でした。親子関係もよかったし、ハタから見て羨ましいほどでしたよ」
それなのに何故、4人は突然、命を奪われたのか。
男の声で「人を刺した」と110番通報があったのは、1月22日の午前1時半頃。いわき中央署の署員が現場に急行すると、いわき市三和町の水石公園駐車場に黒っぽいミニバンタイプの車があり、助手席に母親の美奈子さん、後部座席に歩夢さんと茅乃さん、その後ろの席に海音さんの遺体があった。
運転席では、意識もうろうの男(51)が首や腹から血を流していた。
「4人を殺して自分も死ぬつもりだったが、死に切れなかった」
と男は話し、車内から血の付いた包丁や短刀が見つかっている。
水石山で無理心中事件が起きたと聞いて、本誌記者らも現場に駆け付けた。この山には何かと因縁があったからだ。間もなく丸9年を迎えるが、2011年3月に起きた東日本大震災と福島第一原発事故後のこと。
避難地域の無人家屋で貴金属類を狙った窃盗事件が多発し、犯行グループの追跡取材を続けていた。裏社会に蠢く何人もの仲介者を通して、なんとか一味の関係者との接触にこぎ着け、1カ月以上にわたる交渉のすえに犯行の手口などを打ち明けられた。
その際、相手の口から出てきたのが「水石山」で、この山に盗んだ貴金属類や骨董品などを一時的に「隠していた」というのだ。窃盗品を関東、関西方面に運ぶまでの、いわば中継基地だった。
それだけではない。一味を介して取材対象が広がり、福島県内にも拠点を持つ暴力団組員と接触を続けていた。ある日のこと。JRいわき駅近くの「田町」というネオン街で酒席を共にしていた際、組員の口からも「水石山」が出てきた。
「水石山は武器庫にうってつけの山なんだ。あの山は人の出入りが少なく、交通の便も申し分ない」
記者が、
「まさか!?」
と驚いた顔を見せつつ聞き流そうとすると、組員は、
「ウソ、冗談だと思ってんだろ? それなら明日、案内してやる」
と口を尖らせた。
その夜、いわき市内の同じホテルに組員と投宿。翌日、水石山に案内された。いわき市と新潟市を結ぶ国道49号線に入り、車を20分ほど走らせると右側に水石山の入山口があった。
そこから舗装はされているものの、傾斜のきつい曲がりくねった道が続き、中腹まで杉林が広がり、ところどころに竹林が見える。山頂に近づくにつれ雑木林が多くなるが、それまでは陽があまり差し込まない、なんとも寂しげなところだ。人影はまったくない。
そんなところで、組員が突然、車を停めた。左側の杉の木立のなかに岩のような大きな石がいくつも転がっている。
★子ども3人は「無抵抗」
「ここで待ってろ。動いちゃダメだ。ゆうべの話がウソじゃないことを証明してやるから」
組員はそう言い残して車を発進させ、さらに上に向かった。置き去りにされた記者は、真夏だったため蚊の襲来に悩まされた。携帯電話の時刻を睨みながら、やきもきして待っていると、20分ほどで組員の車が戻ってきた。そして、トランクの中を見せられたとたん、言葉を失ってしまった。
詳しくは後述するが、今回の無理心中の現場へも、そのときと同じ道を辿った。
水石山は標高735メートル。山頂には展望台があり、そこから太平洋が見渡せ、市街地も一望できる。山頂付近は芝生の公園広場になっており、ベンチが点在。一帯は以前、馬の放牧に利用されていたが、公園化で現在は行われていない。
馬といえば、これまた水石山には因縁がある。内親王の愛子さまの愛馬が秘密裏に放牧されていると聞きつけ、都内からはるばる山頂へ駆け付けたが、カラ振りに終わった苦い経験がある。後で分かったが、本命は水石山から車で10分のところにある別の放牧場だった。
春から秋にかけてはともかく、冬期に山頂に登る人は皆無に近い。
山頂広場の南側に駐車場があり、その東端が無理心中の現場。そこには線香の燃えカスとスイセンの花束が置かれていた。4人の遺体が見つかったミニバンはすでに撤去されていたが、そこに血痕らしきものは一切見当たらない。
「車内は血だまりだったはず。車外には、使い切った練炭が入った七輪があった。最初は一酸化炭素中毒死を狙ったのかも。だが、福島医大で4人の遺体を調べると、一酸化炭素は検出されたものの、意識を失わせる量ではなかった。練炭の使用量が少なかったからだろう。男は、これじゃ死なないと途中で気づき、刃物で次々と4人の首を刺したに違いない」(地元紙記者)
同じ車内で身内が首を刺され、「次は自分」と分かれば、恐怖のあまり車外に逃げ出すか、暴れ回るのが正常な感覚のはず。
ところが、4人とも抵抗した際にできる防御創や争った形跡、また着衣の乱れもなく、座席に座ったままの姿だったという。
先の地元紙記者も、
「大量の血が噴出するはずの失血死なのに、意識のある4人がどうして座ったままの姿勢でいられたのか」
と不思議がるのも当然だ。
睡眠薬で昏睡させたか、むりやり酒でも飲ませて恐怖心を麻痺させた疑いもあるが、しかし検死の結果、アルコールや薬物などの反応は確認されていない。無理心中そのものは珍しくないが、そうした点を考えると今回の事件は異様さが際立っている。
前出とは別の全国紙記者はこう語る。
「捜査員から聞くかぎりでは、4人の遺体は確かに無抵抗の状態だった。その意味するところは、子ども3人がどう言いくるめられたのか分からないが、男、あるいは母親から死を覚悟させられていたからかもしれない。しかし、そうだとしても、中学2、3年の子ども3人が口を揃えて『ハイ、死にます』とすんなり納得、覚悟できるものだろうかという疑問は残る」
自分で首、腹を刺した男は重傷で入院中。だが、命に別状はなく、回復後、警察は4人殺害の容疑で逮捕する方針だ。
「仕事に失敗して金に困り、(4人を)殺して自分も死ぬしかなかった」
と話しているという。
なんとか会話ができる状態になったものの、まだ事情聴取が終わっていないこともあり、今のところ名前は公表されていない。男は助手席で殺された美奈子さんの何年も前からの交際相手だった。アパートのすぐ近くに住む50代女性が話すには、
「美奈子さんの本当の旦那さんについては分かりませんが、あの男は美奈子さん一家と同居の生活でした。同じアパートに隣り合って2部屋借り、2人で仲よく散歩していたし、夫婦同然でしたよ。殺された子どもたちとも近くの店に楽しそうに出入りしていたから、まるで本当のお父さんみたいでしたね」
★弾倉と回転式拳銃3丁
男の評判はよく、住んでいたアパートの壁の落書きを消したり、破損したゴミ箱を直すなどして、近所付き合いには気を遣っていたという。近隣とのトラブルめいた話は一切出てこない。
男は2月10日前後には退院できそうだから、無理心中の動機解明にさほど時間はかからないはずである。
前出の組員が打ち明けた、水石山の「山中武器庫」に話を戻そう。山頂へ向かう途中で車から降ろされたので、置き去りにされた約20分の間、組員の動きはまったく分からない。
車が戻ってくると、組員が命令口調で「中を見てみろ」と言って、トランクを開けた。まず目に飛び込んできたのが、黒っぽい弾倉で、それが茶色の太い輪ゴムのようなもので3〜4個ずつくくられていた。
「マガジンというのさ。マシンガンは、これがなけりゃ、ただの鉄クズと同じだ」
こちらが手に触れるのはご法度。まじまじ覗き込んでいると、弾倉からタマを取り出して見せた。それは全長が10センチ近くあり、大人の人差し指の太さほどある薬莢の部分は金色、弾頭は銅版のような色合い。それから、「これはロシアの軍人に支給される軍服だ」と言って、迷彩服を引っ張ると、その下に銀色の回転式拳銃が3丁見えた。さらに、その横にあった泥だらけの厚手ビニール袋の中にも拳銃らしきものが何丁かあった。
「モデルガンじゃないだろうね」
と言うと、「バカ言うな!」と怒り口調になり、
「重いから持ってこれないだけで、この山の中に隠してある数はこんなもんじゃない。マガジン(弾倉)があるってことは、マシンガンも当然、あるってことさ」
と打ち明けた。トランクの片隅には、銃身を切り詰めたような改造散弾銃らしきものも見えた。
風雨に晒すわけにはいかないから、それなりに隠しているのだろうが、暴力団の山中武器庫があるのは水石山にかぎったことではないようだ。つい最近、暴力団による発砲事件で組員が射殺された群馬県は、裏社会で「山中武器庫のメッカ」(関東の某組織幹部)と言われてきた。
群馬県中央部のやや東寄りにある赤城山は、榛名山、妙義山とともに上毛三山と呼ばれる。かつて連合赤軍内部の処刑、リンチで死者12人が出たことで知られるが、その一帯にも武器庫が構築されているようだ。
先の組員は、水石山の交通の便のよさを強調していた。都内からだと、高速道路の常磐自動車道から磐越自動車道に入り、三和インターチェンジを出るまで約2時間半。そこから1分足らずで水石山の入山口に着く。また、三和インターチェンジから東北自動車道までは30分ほどだから、全国どこにでも足を延ばせる。
今回の事件で全国ニュースになった水石山だが、その山中に隠された銃器類が暴力団抗争に使われている可能性はある。
(フリーライター・山上徹と本誌特別取材版)