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田中角栄「怒涛の戦後史」(17)元社会党副委員長・三宅正一(上)

 小選挙区制に移る前の衆院中選挙区制時代の〈新潟3区〉で、田中角栄は生涯16回の当選を重ねた。田中は保守系の民主党から初当選、やがて「保守合同」による現在の自由民主党に参加、その自民党で実力者への階段を駆けのぼり、ついには天下を取った。

 一方、この〈新潟3区〉には、「農民運動のシンボル」として10回の当選を重ねたあと、社会党副委員長、衆院副議長になった三宅正一がいた。

 三宅は、岐阜県の地主の息子で早稲田大学に進んだが、同校では、東大の「新人会」と並ぶ学生の二大社会主義思想団体だった「建設者同盟」の創設メンバーになった。当時の農村は地主と小作人の階層対立が激化し、小作人たちがつくる日本農民組合(略して「日農」)が活動を開始、早大の「建設者同盟」のメンバーは小作争議を応援するため、手分けして全国の農村に散らばっていた。

 新潟に入ることになった三宅は、ここで演説をブチ続けた。検挙歴7回、三宅の演説会には常に警官が10人ほどおり、時に「弁士中止ッ」と発言を制することもあった。こうしたことを契機に、やがて三宅は〈新潟3区〉で社会党から立候補、田中と議席を争うことになるのである。

 さて、社会党支持の「日農」は農地改革を指導、かつての小作人たちもこれにより自分の田んぼを持つようになると、この地、新潟での農民の支持は、「日農」から「越山会」へと流れを変えていった。すでに、田中は〈新潟3区〉内に住民、選挙民の要求を「陳情」として吸い上げる組織として、後援会「越山会」をつくり上げていたのである。

「日農」も「越山会」も、いずれも農民が支える組織として“同根”ではあったが、前者が“戦う集団”だったのに対し、後者は“現世利益”を求めるという大きな違いがあった。田中は“現世利益”として、豪雪苦による開発の遅れからの脱却を目指し、次々と手を打っていた。そのため〈新潟3区〉の農民は「日農」すなわち社会党支持から「越山会」を率いる田中支持へとスライドしていった。

 こうした中での田中、三宅の関係について、「越山会」を最高幹部として仕切っていた本間幸一は、こう語っていたものだった。

「田中も地べたをはいずって上がってきた人間、三宅さんとは政党も違い敵対することもあったが、同じ郷土の“戦友”としてどこか心を許し合い、互いに畏敬の念を持ち合わせていた。まさにライバルにして同志でもあった。
 田中の〈新潟3区〉での初出馬では、三宅さんからこの地で選挙を勝ち上がるためには、何が必要なのかを教えてもらっている。三宅さんは、『選挙運動は陽の当たらぬ辺境の地、農村部へ入ることだ。そして、直接、住民の肌に触れてみることだ。気取りのある人にはできない。君、それがやれるか』と。田中は、そんな三宅さんの言葉を愚直に実践し、知名度不足を補って当選にこぎつけた」

★「体には気をつけろよ」

 やがて、田中が天下を取ったあとの昭和51(1976)年12月に「ロッキード選挙」があり、田中は背水の陣で雪の〈新潟3区〉内を走り回った。都市部から山間部、1日十数回の街頭演説をこなした。

 このとき田中と三宅は、次のようなエピソードを残している。

 田中が街頭演説をやっている傍らを、三宅が乗った選挙カーが通りかかった。すると、三宅は選挙カーを停めさせ、降りて田中に近づくと耳元で「体には気をつけろよ」と言った。そのあと、三宅はまた選挙カーの人となったが、田中はマイクを持ったまま、こう語気を強めたのだった。

「この選挙は、われわれは絶対に負けるわけにはいかないッ。しかし、みなさん、農民の恩人である三宅先生だけは落選させてはならないですよ。落選させるようなことがあったら、これは新潟県人の恥になるのであります!」

 選挙の結果、田中はメディアなどの大方の予想を裏切り、16万8000票超を獲得してダントツのトップ当選、「越山会」の結束の強さを再認識させるとともに、ロッキード事件逮捕という「みそぎ」を、一応は果たした格好だった。

 一方の三宅はというと、根強い“三宅ファン票”すなわち5万票はあるとされた固定票を手堅く固めて5万4000票、定数5の3位当選を果たした。

 しかし、三宅はその後の昭和55年6月、時に大平正芳首相が選挙期間中に急死した衆参ダブル選挙で、落選を余儀なくされた。さしもの社会党の闘士も、年齢からして引退危機に追い込まれたのである。

 こうした失意の三宅に対して、田中は郷土の「戦友」「同志」として、なんとも“角栄流”の手の差しのべ方をするのだった。
(本文中敬称略/この項つづく)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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