百田氏は同著に対する朝日新聞の扱い方に触れ、
《朝日新聞が『日本国紀』を執拗に攻撃する理由はよくわかる。12章〜終章には、朝日新聞の悪行を書いてあるからだ。日本の戦後史における朝日の罪状をあそこまで書かれたら、朝日としては『日本国紀』を葬り去ろうとするのも当然だろう。で、コピペでもないものを「コピペ疑惑」として報道。》
と、コピペ疑惑を完全拒否した。百田氏のツイートにファンからは、
《書いてある中身【WGIP】には触れず『日本国紀』を批判するには連中にとり「コピペ疑惑がある本」と印象操作するのがベターなんでしょうね(笑)》
《朝日も毎日も『押すなよ?』→『押せ』『日本国紀を読むなよ?』→『日本国紀を読め』というダチョウ倶楽部の法則を自覚していなさそうですね。消そうとすれば反対の力が作用する。 結果、半年くらいで65万部超え☆》
《捏造や嘘の記事の方がよっぽど問題だということがわからない朝日新聞。》
などの“励まし”のメンションが送られた。
しかし、「日本国紀」には発売直後、確かにWikipediaからのコピペ疑惑があった。当初、百田氏は否定するも、2018年11月にインターネット放送『真相深入り!虎ノ門ニュース』内で、「Wikipediaから引用したもんとか、借りたもんとかある」とコピペを認めている。しかもツイッターで、「執筆にあたっては大量の資料にあたりました。その中にはもちろんウィキもあります。しかしウィキから引用したものは、全体(500頁)の中の1頁分にも満たないものです。」と、こちらでもコピペを認める投稿をしている。
これを裏付けるように、初版で間違えて書かれていた「日本には過去八人(十代)の女性天皇がいたが、全員が男系である。つまり父親が天皇である。」という一文が、4版では「日本には過去八人(十代)の女性天皇がいたが、すべて男系である。つまり父親を辿ると必ず天皇に行き着く。」と、ネット上で指摘されていた間違いを訂正していた。さらに仁徳天皇の「民のかまど」に関するエピソードで、初版では出ていなかった「真木嘉裕氏」という名前が出てきた。これは1991年12月に大阪新聞に掲載された記事をパクっているという指摘に対し修正をしたものとされる。真木氏は記事の著者である。
コピペ騒動当時、百田氏はファンから「(日本国紀は)重版した版では一部修正をしたとのウワサがあります。もし、修正したならば修正箇所を公開してほしいです。修正箇所を踏まえた上で本書を堪能したいと思います。」というお願いに対し、「しばらくお待ちください」と返答していたのだが…。