『サウスポー・キラー』(水原秀策/宝島社文庫 730円)
先週は深町秋生『ダブル』を紹介し、暴力描写の美について書いた。ハードボイルドないしクライム・ノヴェルという文芸ジャンルにおいて、バイオレンス、アクションのシーンが読者を引き付ける大きな魅力であることは確かだ。
しかしながら荒唐無稽過ぎるアクション・シーンが読者を白けさせることもある。つまりヒーローの内面、精神世界に肉迫していかず、外側だけの肉体の強靭さばかり重視した書き方は、ある程度成熟した大人にとっては退屈なのである。
ここでふと思い出すのが水原秀策だ。彼と深町秋生は縁がある。二人とも第3回「このミステリーがすごい!」大賞を得て2005年に作家デビューしたのだ。深町の受賞作は『果てしなき渇き』、水原のそれは本書『サウスポー・キラー』だった。
この小説の主人公は人気プロ野球球団の投手・沢村という男だ。彼はある日突然、何者かに暴行を受ける。間もなく八百長に関与しているという身に覚えのない告発文がマスコミに出回り、自宅謹慎の処分を受ける。なぜ俺がこんな目に遭わなければならないんだ? 沢村は単身で見えない敵と戦うことを決意する。
本作は『ダブル』と違って裏社会が舞台ではないしアクション・シーンも控えめだが、明らかにハードボイルド小説だ。沢村の精神世界がハードボイルドなのだ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『面白い本』(成毛眞/岩波新書・735円)
書評サイト『HONZ』の代表者である著者が太鼓判を押す、えりすぐりの100冊! ハードな科学書からシュールな脱力本まで、いずれ劣らぬ粒ぞろいの面白本が紹介されている。
本代がかかって仕方がないという“迷惑千万”な究極ブックガイドだ(笑)。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
『最高の主婦たち』(海王社/620円)は、人妻が主人公の漫画ばかりを掲載した月刊コミック誌だ。とはいえエロ劇画ではない。「元気だそう!がんばる主婦の応援コミック」がキャッチフレーズ。子育て、出産、夫婦生活など、主婦にまつわるさまざまな出来事、悩みをリアルに描いており、等身大の主婦読者を勇気づける内容だ。
3月号の特集は、「離婚の危機!? ママの言い分、聞いてよ」。なぜか朝からご機嫌斜めの妻の心の内は、家事や育児に対する感謝の念が足りない、夫の態度が原因だった…。日常風景に潜む妻の些細な不満が積もり積もって爆発し、離婚の火種になる、男にとっては笑えない話が満載だ。
さて、これを読み、日頃の言動を改めるかと問われると、なかなかできないのが男という生き物。夫婦の溝は埋め難いという現実を、突きつけてくる雑誌でもある。ともあれ、一読を。女の気持ちを知っておいて損はない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意