もちろん、北朝鮮も大幅な体制変更を余儀なくされるのは間違いない。最高権力者である金正恩党委員長に国際的な恥をかかせてしまったのだから、側近たちが無事で済むはずがない。
「ベトナムから帰国した随行団の様子を、朝鮮中央テレビが放映していました。側近中の側近、金英哲副委員長の顔が引きつっていたのが印象的でしたね。正恩委員長に同行してハノイ入りしたメンバーは10人ですが、この中で絶対安全なのは実妹の金与正第一副部長だけでしょう」(北朝鮮ウオッチャー)
トランプ大統領のディール(取引)の内容は、対北強硬派のボルトン特別補佐官の“予定外の出席”からも明らかなように、すべての核施設はもちろん、生物・化学兵器など大量殺戮兵器も含めた完全除去だとみられる。これに対し、正恩委員長はどのように新たな体制を整えるのか。
「ボルトン・ビジョンを受け入れてしまえば、北朝鮮は丸腰になってあっと言う間にアジア最弱国に転落するばかりか、すべての圧力装置を失ってしまいます。ですから例えば、寧辺核施設を除去する代わりに一部制裁解除というように、小刻みにディールを繰り返すことができる体制を再構築しようと考えるでしょうね」(国際ジャーナリスト)
正恩委員長にとって気になるのは、米国がトランプ大統領に“会談失敗”の烙印を押していないことだ。それどころか、対北強硬路線の復活さえ漂っている。
「トランプ政権周辺から軍事オプションを含む強硬論が出てきています。共和党保守派の有力上院議員は『核兵器を全廃するために、外交交渉の失敗を前提として、軍事行動を含む新たな強制的措置を考えるときが来た』と語っているほどです」(ワシントン在日本人ジャーナリスト)
米核問題専門家は、平壌郊外の山陰洞にある大陸間弾道ミサイル工場の民間衛星写真に基づき、北朝鮮が「人工衛星運搬ロケット」の発射を準備している可能性があるとの分析を明らかにしている。時期的には、北西部東倉里のミサイル発射場で、施設復旧の動きが始まった時期と一致している。国連はどの国に対しても人工衛星の打ち上げ実験を禁止していないが、北朝鮮だけは例外的に弾道ミサイル技術を使ったすべての発射を禁じているため、これらは明らかな国際決議への挑戦的行為だ。
「会談の決裂を受けての動きと思われますが、朝鮮人民軍は今後、核開発もミサイル開発も復活させるよう正恩委員長に強い圧力をかけていくでしょう。実は日韓の間で大騒ぎになった自衛隊哨戒機に対するレーダー照射事件で、韓国があそこまでウソの上塗りを重ねたのは、正恩委員長の暗殺未遂犯が乗っ取った漁船を文大統領が正恩委員長の依頼で拿捕したという説があるのです。真偽はともかく、そんな見方が流布すること自体、正恩委員長が軍を抑え切れていないことを証明していると思います」(韓国ウオッチャー)
米韓両政府は、毎年2月から4月に実施していた野外機動訓練の『フォール・イーグル』と指揮所演習の『キー・リゾルブ』の打ち切り、夏の定例指揮所演習『乙支(ウルチ)フリーダムガーディアン』を別の形で行うと発表している。今後も北朝鮮との非核化協議を続けるための、緊張緩和策の一環だ。
「トランプ大統領は、韓国との演習をやりたくない理由を『(韓国から)米国に返済されていない何億ドルものお金を節約するためだ』とツイッターに投稿しました。緊張緩和を、来る大統領選への実績として印象付ける狙いもあるでしょう。米韓は3大演習に代えて、期間や訓練内容を縮小した新演習『同盟(トンメン)』を3月4日から始めていますが、北はこの縮小演習さえ、米朝の共同声明や南北宣言に違反すると非難しています。韓国からの米軍排除をもくろんできた北の軍部が、交渉の展開次第で米国の核の傘の排除や在韓米軍の撤収という“本題”を米側に突き付ける局勢は容易に想像できます」(軍事ジャーナリスト)
こうした事態を見る限り、正恩委員長の背後に蠢くのは120万人の朝鮮人民軍の再度の台頭の気配だ。
「正恩委員長は昨年4月の国家の重要決定で、それまでの『核と経済』という並進路線を放棄し、『核開発は完了したので、今後は経済建設に専念する』と定め、以後、軍をあからさまに軽視してきました。制裁による資金不足から遅れている東部沿岸元山葛麻海岸観光地区には、軍が突貫工事に駆り出されています。経済建設には、軍の使い道は安価な労働力でしかありません。こうした無駄な努力を会談の失敗で今後も強いられることに、当然、軍内部から反発が起きています。今後、軍にクーデターを起こされないためには、現状、軍の意向に沿った国家運営をしていかざるを得ないでしょう」(前出・北朝鮮ウオッチャー)
米韓軍事演習が終了、縮小されたことで南北の均衡は破られた。正恩委員長が軍に銃口を向けられ、核の発射ボタンに手を置くときが来るのだろうか。