『残酷なチョコレート』(木村二郎/東京創元社 1995円)
上質の短篇小説を読みたくなるときがある。ボリュームある大長篇を読了した後の達成感、気分の高揚はいいものだが、きびきびした文体でスピーディーに物語が進む短い物語も別種の喜びを読者に与えてくれる。人生のごく一部の場面を切り取って描いていながら、実は人生のすべてについて語っているような短篇に出会うと、何かハッと目覚めるのに近い、心地良いショック状態を味わえるのだ。
本書はニューヨークに住む私立探偵ジョー・ヴェニスを主人公にした連作短篇集である。作者は1949年生まれで、海外ミステリーの翻訳家、研究家としてよく知られている。一方で小説家の顔も持っている。〈ジョー・ヴェニス〉シリーズの最初の短篇集『ヴェニスを見て死ね』が刊行されたのは1994年である。その後、小説創作に完全シフトしたわけではないのだけれど、2010年から再びこのシリーズ短篇を雑誌に発表し始め、今年4月に1冊の本にまとまったのだ。
ヴェニスの〈おれ〉という一人称で語られる私立探偵小説。人捜しの調査を依頼されることが多い主人公だが、聞き込みを続けていくうちに、もっと大きな事件に巻き込まれる。ニューヨークの街をひたすら歩き続け、たくさんの人としゃべり、結局は各々の哀しみ、言わば人間であることの哀しみを感じ取ってしまう。まさしく珠玉の短篇集だ。
(中辻理夫/文芸評論家)
◎気になる新刊
『騎手の一分 競馬界の真実』(藤田伸二/講談社現代新書・777円)
昨年秋のマイルCS。武豊騎手が、約2年ぶりにGIレースに勝利した。
「何だかとても寂しく感じた。あの武豊をこんな状態にしたのは誰なのか」
同じく数々のGIを制してきた藤田騎手が明かす、鞭を置く前に伝えたいこと。
◎ゆくりなき雑誌との出会いこそ幸せなり
「DIY」という言葉をご存じだろうか。「Do It Yourself」の略で、「自分で作ろう」の意味。日曜大工やガーデニングなど、すべて自作する趣味のことを指す。『ドゥーパ!』(学研パブリッシング/980円)は、そうした愛好家のための専門誌だ。奇数月8日発売。
最新号特集は「小屋を作ろう」。収納小屋、アトリエなど、小さいからこそ簡単にできる小屋の作り方を指南している。
一般の人の実例を制作期間・費用も含めて写真付きで紹介したページは、実にわかりやすい。ほとんどが廃材などを利用し驚くほど低コストで自作されており、カネもかからない印象だ。これから何か趣味を…という読者は、意外とハマる1冊かもしれない。
毎号付いているとじ込み小冊子も初心者向けであり、楽しみの一つだ。今回のテーマは「自給自足の庭づくり」。簡易太陽光システムの創作法など、エコな企画も参考になる。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)
※「ゆくりなき」…「思いがけない」の意