特に重要なのは(1)で、市中銀行は「預金を集めて、貸し出している」、「おカネを借り入れし、また貸ししている」わけではないのだ。恐らく、今でも信じられない読者が多いのではないかと思うが、銀行は「貸し出し」の際に数字を“書くこと”でおカネを発行している。
誰かがおカネを借りに来た際に、市中銀行は借り手が差し入れた借用証書と引き換えに、預金通帳の「お預かり金額」に数字を書く。これだけで、銀行預金というおカネが発行される。あるいは、銀行は現金紙幣(日銀の借用証書)や小切手(振出人の借用証書)などが持ち込まれた際に、やはり数字を書くことで、おカネを発行する。
日本銀行も同じだ。日銀は市中銀行が差し入れた国債や政府小切手といった借用証書と引き換えに、日銀当座預金というおカネを発行する。さらには、政府は国庫短期証券(政府短期証券)という「数字を書いた紙切れ」を日銀に持ち込むことで、日銀当座預金を発行させる。というわけで、政府は徴税や国債発行なしで、普通に予算を執行できる。というより、実際に執行している。支出が先。すなわち(2)のスペンディングファーストだ。
さらには、日本政府と日銀を合わせた統合政府の赤字は、(3)の通り民間経済の黒字となる。しかも、統合政府の“赤字”とは、「おカネの発行量」そのものである。政府は日銀に国債や国庫短期証券を引き受けさせることで、普通におカネを発行することが可能だ。統合政府が発行したおカネは“赤字”として統計されるわけだが、「だから何?」である。
我々、民間経済にとって、赤字は「財産が減った」、「借金が増えた」ということで、なかなかしゃれにならない。それに対し、統合政府の赤字は「発行したおカネが増えた」というだけの話にすぎない。
インフレ率が高い時期ならばともかく、デフレの国が統合政府の赤字(=おカネ)を増やし需要を創出、国民の所得、財産を増やしたとして、「何の問題も生じない」というのが真実なのだ。繰り返すが、統合政府の「負債拡大」はイコール「おカネ発行量拡大」そのものだ。
それにも関わらず、安倍政権は財務省の“指導”に従い、プライマリーバランス黒字化を目標に掲げている。政府の赤字は「おカネ発行量の増加」であるが、我々の赤字は貧困化そのものなのだが。
ところで、主流派経済学は「おカネ」について勘違いしているという話を何度も書いてきたが、結果的に彼らは「資本主義」の説明が不可能な状況に陥っている。資本主義とは、具体的には、「生産者(企業)が将来の所得(利益)のために、今、おカネを借り、資本を投じる(=投資)」という経済モデルを意味している。
例えば、A製品の需要が膨大にあるが、企業の工場の生産能力が足りない。
「ならば、新たな工場を建設するために、10年かけておカネを貯めよう」などと企業がやっていた日には、商機を逃してしまう。10年後に、A製品の需要が残っているかどうかさえ定かではない。“いますぐ”生産量を増やさなければならないのだ。
というわけで、企業は“いますぐ”、銀行からおカネを借りて投資(工場建設など)し、生産量を増やして儲ける。これが、資本主義の基本だ。
問題は、企業が銀行融資を受ける際に、銀行側が貸したおカネは「どこから調達されたのか」である。
答えは「どこからも調達されていない」になる。銀行は、単純に借り入れを求めた企業の銀行口座の預金通帳の「お預かり金額」に数字を書いただけである(当たり前だが、企業は借用証書を銀行に差し入れる必要があるが)。
書かれた数字が、企業から工場の建設業者、設備のメーカーなどに支払われる。さらに、企業は建設された工場という資本を活用し、生産活動を拡大することになる。
企業が銀行融資を受けようとした際に、銀行が「どこかからおカネを借りてくるので、しばらく待って下さい」などと、主流派経済学の「おカネのプール論」的なことを迫られるのでは、資本主義の発展はあり得ないのだ。何しろ、「限られたプールのおカネ」を皆が奪い合うことになるため、投資拡大に制約がかかってしまう。
現実には、銀行は「また貸し」をしているのではなく、単に“書くこと”でおカネを発行する。論理的には、借り手がいる限り、銀行はおカネを無限に発行できる(現実には銀行準備制度等による何らかの制限はあるが)。
おカネの量がボトルネック(制約条件)にならなかったからこそ、資本主義は発展した。最初に産業革命を成し遂げた国がイギリスであることと、ゴールドスミスモデル(銀行の先駆け)がロンドンで発展したことは、決して無関係ではない。
というわけで、MMTの否定は「資本主義の否定」なのである。そして、主流派経済学は存在しない「おカネのプール」の呪縛により、銀行のおカネ発行の仕組みが分からない(だから、無視する)。主流派経済学では「資本主義」をまともに説明できないのだ。
資本主義とは、基本的には“企業”が負債を増やし、投資を拡大することで成長していく。ところが、1998年のデフレ突入以降、わが国の企業は、何と負債を返済していった。企業主導の資本主義が成り立たない以上、政府が負債(国債発行)を拡大しなければ、国民経済はひたすら縮小してしまう。
そして、統合政府にとって「負債拡大」とは「おカネの発行量増加」という意味を持つにすぎない。
この現実を目にしてすら、「国の借金で破綻する」、「MMTではインフレ率高騰を制御できなくなる」などと、政府の国債増発、財政拡大を妨害しようとする勢力が少なくないことが、わが国にとって最大の不幸なのだ。
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みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。