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トレンド 2011年02月14日 15時30分
読切小説『淡恋』
二十五歳の時、東京で恋をした。 その時、僕は、浜松町の職場で働いていた。入社してから続けている会計センターでの仕事に慣れ始めたころだった。定時で帰りたい日は、仕事中にさりげなく、「今日は定時で帰るんです」とアピールするなんていうこともやるようになっていた。すると、二、三期上の先輩社員たちが、みんな女性だったけど、「なに、なに、デート?」とうれしそうにしゃべりだした。定時を三十分くらい過ぎたころ、課長が「帰らなくていいのか」と声を掛けてくれた。 A子さんは、二つ年上だった。派遣会社から来た人で、僕の隣の席を使った。骨格がしっかりしていて大柄だったけど、座る時の姿勢が良くて、笑う時は、はにかみながらうつむいた。先輩たちは、「よかったわね」「仲良くするのよ」と楽しそうに声を掛けてくれた。でも、しばらくすると、残業中の会話にA子さんの話題があがらなくなった。 僕は、昼食は一人で取っていた。近くの食堂に入るか、お弁当を買って公園で食べるかのどちらかだった。 昼休みに公園に行くと、A子さんがベンチに座っていた。A子さんは顔を上げて辺りの様子を眺めていたので、すぐに僕に気がついた。近づくと、A子さんは、照れるよう下を向いた。 A子さんに声を掛けた。 「隣、いいですか?」 「はい」 「おひとりなんですか?」 「はい」 集団行動が苦手なA子さんは、先輩社員たちや派遣会社から来ているほかの人たちとは、いっしょに食事を取らないらしい。お昼の誘いを三日、断ったら、四日目からは誘われなくなったとのこと。 「せっかく、誘ってあげてるのに、こないのよ」 そう陰口を言われ、「一人でお昼を食べるのはかわいそうな人」と考える女の人たちから、完全に浮いてしまっているそうだ。 飲みに誘ったら、了解してくれた。 金曜日の夜に、会社の外で待ち合わせをして、有楽町や新橋の居酒屋を回った。たくさん、会話をした。A子さんが長崎から出てきたこと、地元の信用金庫で働いていたこと、故郷の彼氏が帰りを待っていること。 A子さんは、三か月で職場を辞めてしまった。アパートを引き払って、実家に帰るそうだ。 最後の夜に、二人で東京タワーに登った。夜の東京は晴れていた。 A子さんにお礼を告げた。 「いろいろと、ありがとうございました」 「こちらこそ」 「君のこと、ちょっと、好きだった」 「わかってました」 「何もしないから、目をつぶって」 十五分くらい、キスをした。(竹内みちまろ)
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トレンド 2011年02月14日 15時00分
しゃべらない ゆるキャラがラジオ出演!?
FM田辺、毎週金曜夜7時30分より放送中の人気番組、癒し系ボイスのなおさんがパーソナリティーをつとめる『なおちゃんねる』。地元で頑張っている友人を次々と紹介していく、某昼番組のラジオ版のようなもので毎週個性豊かな田辺に住む「頑張ってる人」となおさんが楽しくおしゃべりをするほのぼのとした番組だ。なおさんは「このラジオを聞いて、自分も頑張らなきゃって思ってくれる人が一人でもいたら嬉しい」と語る。 今月2月11日金曜、この日のゲストは中野工房(縫製作家)のマリさんと、今 和歌山で話題のゆるキャラ(本人はゆるくないと言ってますが)妖怪だるだる君! この二人の関係はと言うと、だるだるのファンであるマリさんが、地元を盛り上げる為にだるだるグッズを作家仲間を率いて作っているのだ。メインゲストはマリさんでだるだるは友情出演といったところなのだろうが…。ご存知の方もいらっしゃると思うが、このだるだる君、多くのゆるキャラがそうであるように「しゃべらない」タイプなのだ。「しゃべらないのにラジオ出演?」と不思議に思うだろうが、スタジオは駅前商店街の一角にあるガラス張りの公開スタジオ、多くのファンや子供達も集まった。しかし、ラジオ番組で出演してだんまりは無い。ではどうしたのかと言うと筆談をしたのだ。楽しくおしゃべりする、なおさんとマリさんの会話の途中でボードに文字を書き、それを二人が上手く報告するような感じに進めていた。 例えば、面白かった会話が、なおさんが「だるだる君を知らない人に容姿を説明したいんだけど、どうでしょうね?」との問いにマリさんが「えっと…目が大きくて眉毛が太くて垂れてて…」「大きな口に牙もありますね〜」との会話の途中に、だるだる君が「ステキ」と書いたボードを掲げると大笑いした二人が「本人がステキと書いていますが、却下の方向で」「はい却下で」「ああ、だるだる君不満そう」と言う具合に意外とスムースに番組が進み、何の違和感も無かった。地元を応援したいと言うなおさんの心意気もあったのだろう、上手くマリさんとの会話を進めながら、だるだる君の文字や行動を実況し、生放送と言うプレッシャーの中で初体験な「筆談ラジオ」をやりとげた。 はじめ、このだるだる君の出演が決まった時には、公開スタジオとは言えラジオでしゃべらないゲストはないだろうとの声もあったらしいのだが、やり終わってみるとそんな心配は全て消し飛んだ。ラジオを聞いていた私も意外と筆談でラジオも、想像が膨らみ面白いものだなと思った。なおさんは「何事もやってみなくちゃ分からないよね、新しい世界が広がった感じでした」と語り、競演したマリさんも「どんどん新しい事にチャレンジしていきたい」と語っていた。そして、当の本人のだるだる君はと言うと当日のブログで「たのしかったー」と二人の苦労も知らずに能天気に綴っていた。だるだるのブログ<http://ameblo.jp/choujingaina/>(江須井 大 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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スポーツ 2011年02月14日 15時00分
「ストッパーが決まらない」原巨人は外国人投手の厄年!
原辰徳監督(52)が早くも軌道修正を迫られたようだ。クローザーを予定していた新外国人投手、ジョナサン・アルバラデホ(28)が出遅れており、ネット裏の解説者たちも「救援陣の配置換えの必要性」を指摘していた。 アルバラデホが公称をはるかに上回る『体重126?』でキャンプインしたことは既報通り。もともとは人材豊富なチームであり、オフに外国人選手を大量補強した経緯も考えると、「1人の出遅れ」が致命傷になることはないのだが、クローザーだけは違う。性格面を含め、適性の有無がはっきりと分かれるポジショニングなのである。 「7日、アルバラデホがブルペン投球した後、川口和久・投手総合コーチは『前回よりも良かった』と、調子が上向きになっていることを強調していましたが…」(報道陣の1人) 9日のブルペン投球を見た何人かのプロ野球解説者はダメ出しをしていた。 「外国人選手はスロースターターが多く、これから良くなっていく可能性だってあります。首脳陣は口に出していませんが、アルバラデホを外したリリーフ陣の編成も視野に入れているような雰囲気でした。でも、今はアルバラデホの代役を誰にするのか決めかねている状況なので、川口コーチも当たり障りのないコメントを出したんじゃないですか」(球界関係者) 新ストッパーの適任者は誰か−−。セットアッパーとしてキャリアを積んできた山口鉄也(27)、越智大祐(27)のいずれかだろう。まして、今年の巨人は外国人選手に対し、「成績不振による二軍降格」を申し渡せる契約を交わしている。だが、救援陣の配置換えはオープン戦終盤まで持ち越されるという。 「配置換えをするとなれば、キーマンは久保(裕也=30)でしょう」(前出・同) 久保は昨季、79試合にリリーフ登板した。山口(=73試合登板)、越智(=59試合登板)のいずれかをクローザーに専念させた場合、巨人は「頼れるセットアッパー(中継ぎ)」を1人失うことになる。そもそも、セットアッパーとストッパーでは、ペナントレース中の『調整方法』が違う。セットアッパーは勝敗に関わらず、登板しなければならない。一方のクローザーは「勝ち試合」のみ。それも、「9回1イニング」だけの登板であり、山口、越智のいずれかをクローザーに配置換えした場合、巨人は自動的に“安定感を誇るセットアッパー”が「3人」から「2人」に減る。こちらの方がリスクも大きい。50試合強の登板が可能となる新たなセットアッパーが出現しない限り、山口、越智のどちらにクローザーをコンバートできないのだ。 「先発の6人枠争いから敗れた誰かが、セットアッパーにまわると思われます。内海、東野は当確。頭1つリードしているのが、藤井、朝井。新人の澤村も先発を任されるはずですし、当落ラインのギリギリにいるのは、ゴンザレス、バニスター、トーレス、グライシンガーの外国人投手たちなんです。彼らは器用なタイプではないので、中継ぎは出来ないでしょう。ベテランの藤井に連投を求めることもできませんし…」(同) サイドスローに転向した野間口貴彦(27)、MICHEAL(34)が順調なら、ことは簡単に解決するかもしれない。野間口のサイドスロー転向はセットアッパーに専念させることを想定したもの。現時点での両投手に対する評価は、「実戦登板させてみなければ分からない」(プロ野球解説者)という。投手の頭数は揃っているのに、クローザーもセットアッパーもできない『先発タイプ』ばかりとは皮肉なものである。 川口総合投手コーチは自主トレ期間中、「外国人チームを作ろうか?」と、冗談を言ったこともあった。アルバラデホが「あと1カ月」で見違えるような仕上がり具合を見せてくれるとは思えない。今季、川口総合投手コーチは外国人投手の起用法で悩まされることをなりそうだ。
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トレンド 2011年02月14日 14時30分
うちなんちゅやまとんちゅ〜沖縄身の丈見聞記〜5「正月は旧暦で」
ハイサイ! 本土の皆様、明けましておめでとう御座います。 て言うか何で今頃正月の話&年始の挨拶なんだ、今年が終わるまでまだ10か月以上あるぞ、との突っ込みもあるでしょうが。沖縄では『ついこの間』正月を迎えた所だったので。 本土から沖縄にやってきた筆者が、歴史や事件の舞台を追いかけ、沖縄の独自文化や日々のカルチャーショックのつれづれを綴っていく『沖縄身の丈見聞記』。そんな訳で今回は、沖縄のお正月についてです。 現在、一般的な暦と言えばグレゴリオ暦、太陽暦こと所謂『新暦』です。勿論、沖縄でも日付などの基本的な暦は新暦に準拠しているのですが、伝統のある重要な行事は旧暦に沿って行います。…とは言え、近年では沖縄でも新暦の1月1日にお正月を祝うことが多くなっているようですが。 ちなみに今年の旧正月は2月3日でした。 沖縄の旧正月では本土のように門松を飾らず、また『火之神(ヒヌカン)』を祀る風習があります。『火之神』はいわゆる『かまど神』の事で、台所にあります。本土の神棚を思い出して貰えれば良いでしょうか(結構違いもあるのですが)。 旧正月で特に必要な物が『火之神』へのお供え物でして、香炉等と共に『炭に昆布を巻いた物』や『橙』『盛り塩』等を3つずつセットでお供えします。 あと、沖縄ではお正月にお節やお雑煮を食べる習慣がありません。これは沖縄在住の方々に、改めて旧正月について訊いて始めて知りました。 お餅も食べない訳ではないんですけどね。 沖縄では大晦日にソーキ等の肉料理を、明けて旧正月にはいなむどぅちや中身汁を食べるそうです。正月からがっつりスタミナがつきそうですね。 沖縄本島は糸満などでは、新暦よりも旧暦のお正月を祝う風習が色濃く残っています。糸満ではこの時期になると、市場が大層な賑わいを見せるそうです。残念ながら今回は時間が無く、取材に行くことは出来ませんでしたが(※写真は那覇市の牧志公設市場近辺)、一度は昔から続く旧正月の雰囲気を味わってみたいものです。(黒松三太夫 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/
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トレンド 2011年02月14日 13時30分
ニューヨークレポート ニューヨークでB級グルメ
マグドナルドを頂点とするファーストフード大国のアメリカはB級グルメ大国でもある。そして、特にニューヨークは移民の多い街なので、世界各国の本格的な料理が味わえる。 東京でも世界中の料理が食べられるが、既に浸透しているインド料理や中華料理ひとつ取ってみても、日本人好みにアレンジしていて、本格的とは言えない事が多い。 その点、ニューヨークには、インド人、中国人、メキシコ人など、自国民を相手に本格的料理を食べさせるレストランや屋台が多く、私はメキシコ料理が美味しい屋台に、すっかりハマッてしまった。たったの2ドルで食べられるタコスも「スパイシーね」と注文し、付け合せの激辛ハラぺーニョをポリポリとかじるほど。最初は辛くて口の中が痛くなったが、段々慣れて来て、辛い、辛いと言うとメキシコ人の客連中に笑われていたのだがそんな事もなくなった。 日本流なのを食べて、がっかりするのが嫌なので、タコスはニューヨークでしか食べない。ハンバーガー、チーズケーキ、ベトナムフォー、タイ料理なども日本では食べようという気が起こらない。 今回初めて試したのがファヒータ、クラブケーキである。ファヒータはメキシコ流野菜炒めで、特に美味しい物ではなかったが、付け合せに出て来た自家製サルサが大変美味しかった。日本のカモメ製サルサの味とは比べ物にならない。 クラブケーキとは、甘いケーキではない。アメリカの食べ物で、カニ肉にパン粉やミルク、マヨネーズ、卵、イエローオニオンなどが入った揚げ物で、言ってみればカニ肉コロッケである。 これも特に美味しいとは思わなかった。ピザは既にイタリア料理ではなく、アメリカの国民食になっている。 タコスには安価に手に入るシラントロ(コリアンダー)やハラぺーニョが不可欠なので、日本では本格的な味は無理だと思うが、ワカモレ(アボカドディップ)ならコリアンダーやハラぺーニョなしでも美味しいから、日本でもブレークするのではないだろうか。(セリー真坂)
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スポーツ 2011年02月14日 13時00分
井岡一翔 日本ボクシング史上最速世界王座奪取も、防衛ロードはイバラの道!
かつて、ミニマム級(当時ストロー級)、ライトフライ級(当時ジュニアフライ級)で世界を制した井岡弘樹(井岡ジム会長)の甥で、WBC世界ミニマム級10位の井岡一翔(21=井岡)が、2月11日、兵庫・神戸ワールド記念ホールで同級王者のオーレドン・シッサマーチャイ(タイ)を5回1分7秒、TKOで破り同王座を奪取。日本ボクシング史上最速の7戦目での世界戴冠を果たした。 叔父の弘樹会長もかつては、具志堅用高と並ぶ9戦目での最速世界王座奪取記録を保持していたが、これを辰吉丈一郎、名城信男が8戦目で抜いた。その名城以来、4年7カ月ぶりに7戦目の一翔が記録を塗り替えた。 叔父・弘樹会長も最初に手にした世界王座はWBCミニマム級王座。叔父が手放した王座を実に22年3カ月の月日を経て、甥・一翔が取り戻す恰好となった。 歴史を変えた一翔の世界奪取に歓喜の井岡陣営だが、今後の防衛ロードには、“減量との闘い”というイバラの道が待ち受けている。一翔は本来、1階級上のライトフライ級の選手。同級での世界挑戦を模索したが、交渉が思うに任せず1階級下げてミニマム級でのチャレンジとなった。このため、一翔は通常体重から約10キロ落とす必要に迫られ、減量に苦しめられた。 試合後、一翔は4階級制覇を高らかに宣言。場合によっては、即王座返上し、ライトフライ級に戻すかとも思われたが、「死に物狂いで獲ったベルト。簡単には手放したくはない」(一翔)と、6月予定ともいわれる初防衛戦をにらむ。だが、対戦相手とともに、“減量”という強力な敵とも闘わねばならず、早い時期の2階級制覇も見据えている。 まだ1階級しか制していない一翔が、いきなり4階級制覇を口にしたのには理由がある。叔父・弘樹会長は、2階級を制した後、フライ級、スーパーフライ級で世界挑戦。王座奪取はならなかったが、4階級にわたって世界戦を闘った選手なのだ。叔父が果たせなかった夢に向け、一翔は大きな一歩をしるした。(ジャーナリスト/落合一郎)
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トレンド 2011年02月14日 12時30分
紗綾&菊池あやか(AKB48)W主演で送る究極の都市伝説学園ホラー!
「もしもし、あたしよ、メリーさん」 禁断の都市伝説、『メリーさんの電話』をモチーフにした究極の学園ホラーが誕生! 主演女優の一人、紗綾は今作でもその存在感を十分に発揮しています。 もう一人の主演女優、AKB48の菊地あやかは映画初主演とは思えない渾身の演技! また、長澤奈央、上杉奈央、安岡あゆみ、藤原希といった、フレッシュな若手女優や人気モデルも多数出演。 見どころは、恐怖の限界に挑戦するW主演女優の体当たり演技。 映画『13日の金曜日』のジェイソンを超えるニューホラーヒロインのメリーさんは要チェックです。 監督、脚本は『屋根裏の散歩者』や『しあわせのかおり』の三原光尋。 ホラー映画に初挑戦し絶賛された、前作『ムラサキカガミ』に続き、今回も監督独自の恐怖描写で観客を恐怖のどん底へと落とし入れます。 2/12(土)21:15〜池袋のシネマ・ロサにて行われた舞台挨拶&握手会イベントではW主演女優の紗綾、菊地あやか(AKB48/渡り廊下走り隊)、三原光尋(監督)も登場。 トークショーでは撮影にまつわる怪奇現象やバレンタインの話題などが飛び出し、会場に集まった熱狂的なファンを大いに沸かせていました。握手会では、W主演女優の紗綾、菊地あやかの丁寧な握手にファンは大喜び。 映画『メリーさんの電話』は2月12日より池袋シネマ・ロサにて1週間限定のレイトショー公開です。映画「メリーさんの電話」公式サイトhttp://www.merry3.com/intro.html(怪談作家 呪淋陀(じゅりんだ)山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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その他 2011年02月14日 12時00分
ミニコミ誌と同人誌、どう違うの?
知人から「ミニコミ誌」と「同人誌」とはどう違うのか、という質問を受けた。記者がミニコミ誌や同人誌のイベントを取材することが多いため聞いたようだ。 ミニコミという言葉は60年ころに生まれ、70年代に浸透した。60年安保、ベトナム反戦運動、70年安保らが影響しているといわれるが、公害問題や、炭坑争議や、PTA活動の活発化など、社会全体の大きなうねりの中から生み出された言葉なのかもしれない。 同人とは、志を同じくする者、あるいは、志を同じくする者たちのグループを指す。「文芸同人誌」には一世紀以上の歴史があり、短歌や俳句を加えればもっとさかのぼる。 かつては、「ミニコミ誌」といえば「社会運動の雑誌」を、「同人誌」といえば「文芸同人誌」を指した。 1972年10月16日の読売新聞都民版に、新宿の歩行者天国で開始された「ミニコミ市」の記事が掲載されている。記事タイトルは「百家争鳴のミニコミ市・公害、反戦etc」。書き出しは「マスコミの向こうを張ったミニコミは、いまやちょっとしたブーム。十五日、歩行者天国の新宿大通りに百メートルにわたってミニコミ市が立ち並び、歩行者の足をとめた」となっている。 「ミニコミ誌」は、そもそもメディアなので、情報らを不特定多数に対して発することを前提としている。70年代以降、屋外から屋内へ場所を移し、発信されるようになる。ミニコミ誌を扱う店舗が全国に広がり、サブカルチャーとしてのタウン誌が隆盛する(タウン誌自体は古くからあった。『季刊日本橋』は1935年創刊)。 また、発信だけではなく、「ミニコミ誌」を管理・保管するための動きも出てくる。1976年に「日本ミニコミ・同人誌図書館」が作られ、78年に移転オープンしている。館長の方は、「苦悩舎」というミニコミ書店を経て、図書館を設立した。家庭用ヴィデオカメラの普及や、FM・インターネットなどのインフラの浸透をへて、現在では、「ミニコミ誌」という言葉が適用される範囲が多様化し、活用・運営方法も細分化している。 いっぽうで、「同人誌」も、細分化する「ミニコミ誌」と同様に、まんが同人誌の隆盛など多様化していく。1977年に「同人誌マーケット−−同人誌・ミニコミ即売会」が大田区産業会館(東京都)で開催されている。「同人誌・ミニコミフェア」として続いていく。「第4回同人誌・ミニコミフェア」の募集要項には、「マンガを書きながら売る風景も」という説明文つきで会場風景写真が紹介されている。また、「同人誌・ミニコミフェアは、ファンジンとしての文芸、漫画同人誌、ミニコミ、タウン誌、サークル誌、個人誌、詩集等の発行者、グループが集って、本の展示即売会を通して、制作者と読者、制作者同志の交流のきっかけを作る場所なのです」と記されている。「ファンジン」とは、「ファン(愛好者)」と「マガジン(雑誌)」を足して作られた言葉のようで、同人誌そのものを指す場合もあったという。 募集要項の中で、わざわざ、「ファンジンとしての」とただし書きをした理由は、文芸同人誌には仲間内の回覧物という伝統があるためと思われる。コピー機などがない時代、たとえば、明治・大正のころ、書いた小説を仲間に読ませたいと思ったら、一般的には、原本を渡すか筆写するかしか方法がない。複数の仲間にいっぺんに読ませたいと思えば、人数分を筆写するか文芸同人誌を作るかしかなかった。 「ミニコミ・同人誌図書館」では「ミニコミ」が先にきて、「同人誌・ミニコミフェア」では「同人誌」が先にきている。その理由はわからないが、前者の設立者が「ミニコミ誌」の人間で、後者の主催者が「文芸同人誌」出身だからかもしれない。(竹内みちまろ)
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スポーツ 2011年02月14日 11時30分
スターダム旗揚げシリーズの第2弾 「調子に乗るんじゃないよ。イチから出直してこい!」
スターダム旗揚げシリーズの第2弾が12日、東京新木場1stRINGで行われた。 前回のゆずポン祭で堀田を破り初勝利を上げ意気上がる愛川ゆず季が第1試合で登場、今回の相手は同期デビューの須佐えり。試合は終始、愛川ペースで進む。須佐のエルボー、足4の字固めなどを軽くいなし、最後は狙いすました回転キックを須佐の顔面に叩き込み、続いて網打ち式スープレックスで3カウントの貫録勝ち。 愛川は「もっとガンガン来て欲しかった。少し物足りなかったです。初めて顔がきれいなままに試合が終わってよかったです」とニッコリ。 またメインでは世IV虎が前回敗れている美闘に見事リベンジを果たした。憎悪むき出しの世IV虎と美闘は序盤からすざましい殴り合い、美闘がキックで蹴り倒せば世IV虎はショルダータックルでぶっ飛ばす。最後は世IV虎がヘッドバットを叩き込んでバックフリップで美闘を投げ飛ばし、コーナー最上段からのセントーンで圧殺してそのままヤンキー座りで抑え込んだ。満員の場内からは世IV虎コールの大合唱が沸き起こった。リベンジを果たした世IV虎は「おまえ1回勝ったぐらいで、調子に乗るんじゃないよ。イチから出直してこい!」と吠えまくる。大ブレイクの世IV虎の今後が注目だ。(アミーゴ・タケ)(1)○愛川ゆず季(7分11秒 フィッシャーマンズ・スープレックス・ホールド)×須佐えり(2)夢(時間切れ引き分け)パッション・セブン(3)○長野美香(8分12秒腕ひしぎ逆十字固め)×岩谷麻優(4)○高橋奈苗(9分21秒冷蔵庫爆弾→片エビ固め)×星輝ありさ(5)○世IV虎 夏樹☆たいよう(14分9秒ダイビング・セントーン→ヤンキー座り)×美闘陽子 愛リス
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芸能 2011年02月14日 11時00分
キケンな匂いのする男 ショーケンが4度目の結婚
俳優のショーケンこと萩原健一(60)が13日、結婚したことを明らかにした。お相手はモデルの冨田リカ(48)。 萩原は1950年生まれ、バンドザ・テンプターズのヴォーカリストとして1967年に16歳でデビュー。その後は俳優として活躍、映画では、『約束』、『八つ墓村』、『影武者』、テレビドラマでは、『太陽にほえろ!』、『傷だらけの天使』などに出演し、その高い演技力が評価された。 しかし、1983年には大麻不法所持で逮捕、2004年には、交通事故を起こし業務上過失致傷罪で現行犯逮捕、降板した主演映画『透光の樹』の出演料を巡るトラブルで製作側から恐喝未遂容疑で告訴され、翌年の2月に再び逮捕された。2005年6月に懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受け、事実上、活動休止となるが、2009年に映画『TAJOMARU』で足利義政役を演じ復活、日本映画批評家大賞の審査員特別男優賞を受賞している。団塊の世代を代表する俳優であり、プライベートでの話題も事欠かなかったことから、“キケンな匂いのする男”として常に注目を集めていた。 一方の冨田リカは短大卒業後、幼稚園教諭などを経てカリスマ主婦モデルとして活躍。2010年8月18日に萩原健一との交際報道をきっかけに前夫と離婚したことを報告している。交際報道から周辺が騒がしくなった時、萩原は「オレについてこい」とプロポーズ。今月7日には籍を入れ、箱根神社で挙式した。
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