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その他 2015年05月04日 12時00分
【コンピューターゲームの20世紀 49】2本のレバーでビルを登れ 「クレイジークライマー」
日本のアーケードゲーム産業は1978年に『スペースインベーダー』が大ヒットしたことから急速に発展していった。しかし、そのヒットがあまりに急速でブームが大きすぎたため、テレビゲームは一部の層から警戒され、いわれのない批判を浴びるようになり、業界は急速に冷え込むことになってしまう。そしてその後、テレビゲームには悪印象がついて回るようになり、一方的な偏見から小中学校ではテレビゲーム禁止令が出され、ゲームセンターにいる子供らは補導されるという憂き目にあっていた。だが、このような状況の中でも子供たちのテレビゲームに対する情熱は消えることはなく、駄菓子屋の軒先など比較的安全な場所で、少ないお小遣いを投資してゲームに興じていたのである。 今回紹介する『クレイジークライマー』は、まさに前述のような状況下で発売された作品だが、稼働を始めるや否やプレイヤーの心をいきなり鷲づかみにした。その理由は数多く存在するが、特に同時代のゲームと比べて一足先に画面のスクロールを取り入れたことが大きい。同時代に大ヒットした『パックマン』や『ドンキーコング』は1ステージが1画面に収まる固定画面方式を採用していたのに対し、本作は高層ビルという舞台を縦にスクロールすることで表現している。そのため、初めからステージの全てが見えている固定画面式のゲームと比較して、まだ見えないステージの先を見てみたいという気持ちを強く起こさせる。このドキドキ感こそが、本作の面白さの大きな要因となっている。 実際筆者も先へ進みたいがために、小遣いを散らしたくちなのだが、最初のステージをクリアするのに相当に難儀した記憶がある。後にプレイしてみるとかなり簡単なゲームだと思えるのだが、当時はまだ子供でありそれまでのゲームと比べると難しい操作を必要とした本作に慣れるには、それなりの試行回数が必要であったのだろう。話を元に戻そう。スクロール方式の利点としては1画面にこだわる必要がないためキャラを大きく描写できるという点もある。当時の小さなブラウン管モニターでも本作のキャラたちは大きく生き生きとしており、背景の鮮やかな水色とも相まって、非常に際立った存在であった。 本作の操作系は独特で、1レバーに1or2ボタンが普通であった時代にツインレバーという特有なものを採用している。この2本のレバーを左右の手に見立てて高層ビルを登っていくのである。このゲーム性は非常に斬新で、従来の敵を撃つ、ドットを消すといったゲームとは一線を画していた。また、ツインレバーによる操作がゲーム性と上手くマッチしており、慣れてくれば実にスムーズに主人公の両手を動かせるようになるのだ。しかし、その主人公の邪魔をするべく立ちはだかるのがビルの住人たちで、彼らは窓を閉める、植木鉢などを落とすといった行為で主人公の邪魔をしてくるのだ。さらに巨大な看板や鉄アレイなども上空から落下してくる。まさに主人公は命がけでビルを登っているのだ。 本作はまた、いち早く音楽に注目したゲームでもある。前述の住人以外にも本作には様々なキャラが登場するのだが、糞を落として攻撃してくるコンドル登場時には、伊東四朗と小松政夫らによる人気番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」で人気だった「しらけ鳥音頭」が流れる。また、その巨体で主人公にパンチ攻撃をしてくるキングコング登場時は「ピンクパンサーのテーマ」が、上へと運んでくれるラッキーアドバルーンに掴まると「ドラえもんの歌」が流れるのだ。これらの演出は特に子供たちには大ウケで、本作の人気の一因にもなっている。さらに「ガンバレ」「イテッ」といった合成音声も採用されており、まさに耳でも楽しませる作品になっているのだ。 このように一世を風靡したゲームながら本作はいまいちマイナーな存在である。その原因は発売元である日本物産が後に路線を変更し、18禁の麻雀ゲームばかりを発売するようになったこともあるが、最も大きな原因は本作の操作系が後の家庭用ゲーム機に合っていなかったことなのだろう。そのため1986年2月に発売されたファミコン版では、2つのコントローラの十字ボタンを使用するという苦しい移植がなされている。このあたりはナムコの名作『リブルラブル』も同様で、ツインレバーは家庭用ゲーム機と相性が悪い(プレステのデュアルショック発売以降は改善された)のである。 余談だが本作にはとんでもない裏技が存在している。それは、ハイスコア獲得時のネームエントリーで特定の文字を打ち込むとクレジットが2も増加してしまうというもので、この存在が広まっていたら本作は早々に市場から姿を消してしまい、幻のゲームとなっていただろう。もしも、そんな事態になっていたならば、奇跡ともいえる先進性を持った本作が人々に知られることもなく、業界の発展にも悪影響を与えていたであろう。(須藤浩章=隔週月曜日に連載)DATA発売日…1980年メーカー…日本物産ハード…アーケードジャンル…アクション
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アイドル 2015年05月04日 11時06分
小島瑠璃子の『高速ベロ』に、先輩イジリー岡田は「はやいなぁ!」
タレントの小島瑠璃子が2日、都内で行われたロート製薬「ダントツ爽快!! OXY BEACH」のイベントに出席。 小島は、同商品の広告キャラクターを務めいている。ステージには、事務所の先輩・イジリー岡田も登壇し、会場を盛り上げた。 公開中のCMでは、小島が赤い水着を着て出演しており、「水がバシャーってかかるシーンがあるんですけど、反射的に目を瞑ってしまって、頑張って目をあけていられるように何回も撮影しました、20回はやりました」と撮影時の苦労話しを披露した。 イジリーは、ネタの『高速ベロ』を披露し、「これが、いろいろなアイドルのモノ(私物)をなめたベロです、安田美沙子ちゃんのリップだけは食べちゃいましたけど」と会場を爆笑させた。 小島は、「イジリー先輩、実はですね…私、これできるんですよ」と話し、横方向に高速で舌を動かして見せた小島に、イジリーは、「はやいなぁ。おい!」と驚いていた。また、会場が小島の『高速ベロ』に見入って静かになり、小島は、「みんな引いてる!」と会場のドン引きに苦笑いしていた。 イジリーは、「男はすごいなぁ〜と思った瞬間無口になるんだ」、「小島瑠璃子の高速ベロを静かに心に焼き付けようってなるんだよ」と小島に話し、小島は、「今日は、私のなかなか見れないところを、見れたイベントになったんじゃないかと思います。ぜひ心に焼き付けて帰ってください」と笑わせていた。
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芸能 2015年05月04日 10時30分
双子芸人のザ・たっち、双子モデルのひうら姉妹を「密かに狙っています」
双子のお笑いコンビ、ザ・たっち(たくや・かずや)が3日、ららぽーと豊洲で行われた「たまごっちラリー〜たまごっち星の運動会〜スペシャルステージ」に出席した。 放送7周年のテレビアニメ「たまごっち!」(テレビ東京系列、毎週木曜日18:00〜放送中)が4月より「たまごっち! たまともだいしゅーGO」としてリニューアルしたことを記念して行われた本イベント。二人はたまごっちの最新機種『TAMAGOTCHI 4U』の“タッチ”して通信ができる機能にちなんで登場すると、集まったちびっ子たちを前に、たまごっちのプロフィール交換機能や相性占いを実演。 たまごっちが初めて登場し、日本中でブームを巻き起こした当時(1996年頃)は中学2年生だったといい、イベント中、「あのブームはすごかったですよ」としみじみ。かずやは「初代たまごっちは全然手に入らなかったんですけど、ある日近くのおもちゃ屋さんで『一人一個限定』で販売するというので二人並んでいたら、お店のおばちゃんに『君さっきも並んでたよね』と注意されて危うく買えなくなりそうになったんです」と双子ならではの悲話も披露。2人とも育て方が似ていたといい、「たまごっちの中のキャラも双子みたいになっていました」と顔を見合わせにっこり。 最新たまごっち機種の「お見合いして結婚させて子供を産む」という機能にも興味津々で、絡めてプライベートの話題を問われると、たくやは「たまごっちを通じて女性との出会いもあるかもしれませんね」とにやにや。現在も兄弟仲良く同居しているというが、なかなか女性との出会いに恵まれないといい、かずやは「いつまでも一緒に住んでいると気持ちが悪いですよね。そろそろ別居も考えています」と苦笑い。 揃って「双子の女の子と結婚し、双子の子供を産む」という結婚プランを抱いているといい、かずやは「ピラミッド式に僕らの顔を増やしていきたい」と結婚に意気込み。たくやのほうは「マナカナちゃんも結婚しちゃったしね。新たな双子の女性を探して旅をしないと」と溜息を零しつつ、「ひうら姉妹(樋浦舞花・結花)という双子モデルがいるんですけど、密かに狙っています」と話して報道陣を笑わせていた。(取材・文:名鹿祥史)
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社会 2015年05月03日 16時00分
米国を激怒させた韓国・朴槿恵大統領が安倍首相にひれ伏す日
米国のバージニア州北部やテキサス州アーリントン一帯の道路には、代表的な韓国料理『ポシンタン(犬肉料理)』を批判する広告看板が立てられている。要するに韓国の“イヌ食い”糾弾だ。 最近ではワシントンDC近郊でも散見され、中には2018年平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックをボイコットしようとの文言も見られるなど“韓国攻撃”がエスカレートしている。 日本も同じような目に遭っているので大きな声では言えないが、日本人の鯨食同様、犬を食べるという話をアングロサクソンが耳にすれば、そのイメージははかり知れないほど悪いものになるのだろう。 そんな折(4月14日)に米財務省は、韓国の為替介入を名指しで批判した。実はこれ、イヌ食い批判などとは比べ物にならないほど強烈なカウンターパンチなのである。イジメどころか“このままあの世に行きやがれ!”と言われたのに等しいのだ。 「この一件は米財務省が、韓国はウォン高を阻止するために秘密裏に巨額介入をしていたことを暴露したものですが、時期的に見ても、韓国が欧州諸国、豪州などとともに米国を裏切って中国側に付いた『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』参加表明に対しての報復とみるのが妥当です。韓国の企画財政部と韓国銀行などの当局者は『政府は一度もウォン安を意図して介入したことはない』と反論していますが、朴政権の当局者が昨年11月に対ドル、対円でもウォン安になるように意図したことを明記するなど、批判内容は詳細かつ具体的で、ウォン安維持のための介入をやめるよう徹底した要求をしています。実は韓国は、米財務省の意向で簡単に崩壊させることができる国なのです」(政府の韓国通高官) THAADミサイル防衛配備問題における“親中”的態度に対してもそうだが、米国議員が韓国の裏切りに対し、民主党、共和党、上院、下院を問わず怒っている証左がある。在米韓国系反日団体が、議員などに『慰安婦証言集』を渡そうとしても誰も受け取らないというのだ。 「口には出しませんでしたが、目は『あれほど世話になった米国をいとも簡単に裏切り、中国にくっついた韓国人から“反日物”などもらえるか!』と語っていましたね」(在米日本人ジャーナリスト) サムスン製のスマホを大事に使っている向きには、韓国製品は優秀だから、そう簡単に崩壊しないと思っているだろう。だが韓国経済は、多くの論客が指摘しているように極めて脆弱な構造だ。 「韓国の財閥系企業は米国資本によって完全支配されており、競争力が高いのは労働者を低賃金で使っているからです。また“ナッツリターン事件”で明らかになったように、財閥10社の売上高(2011年)だけで韓国の国内総生産の76.5%を占めるという歪な構造になっている。アベノミクスの金融緩和が実施されるまでは、円高で日本製品が韓国製品より高額だったから安いメイド・イン・コリアが買われたが、円安が進み、世界市場で日本製品が安くなると、価格が同レベルならメイド・イン・ジャパンの方がいいや、という消費動向が生まれ、韓国製品はサッパリ売れなくなったのです。ですから朴槿恵大統領の“安倍憎し”は募るばかり。そこで韓国政府としては、韓国製品をさらに安くし、競争力を保つためにこっそり為替介入していたというわけです。ウォンを安く保つことは、韓国企業にとって死活問題ですからやむにやまれぬ行為ですが、米国はそんな韓国の事情を知り尽くした上で『ウォン安維持をやめろ!』と強烈に要求したわけで、言い換えれば“裏切り者は消せ”ですよ」(経済ライター) 朴大統領は真っ青だろう。対してAIIB参加を米国と歩調を合わせて慎重な態度を取ってきた安倍晋三首相は、「唯一、米国を裏切らなかった大国ニッポン」という大きなステータスを手に入れることになった。 ところで、朴大統領はなぜ結婚していないのだろう。 「彼女は西江大学校(カトリック系)電子工学科を首席で卒業し、仏留学もしています。頭脳明晰で5カ国語を操れるとなると、男尊女卑の国で釣り合いの取れる男性を探すのは至難の業でしょう。それと最も大きいのは、人間不信です。留学中に『文世光事件』が起き、最愛の母が暗殺されました。帰国して父である朴正煕元大統領のファーストレディーを務めていましたが、5年後の27歳のとき、今度は父も暗殺された。多感な娘時代にそれだけでもショックなのに、彼女が青瓦台を去るや、かつての父親の部下たちは手のひらを返したように冷たくなった。それ以来ずっと人間不信に陥り、家庭など考えられなかったのでしょう。それと“安倍嫌い”について言えば、父と安倍首相の祖父・岸信介氏が極めて親しかったといわれることが反日政治家として許せない上に、彼女は安倍首相の顔が大嫌いだそうで、生理的な嫌悪感を覚えるとまで側近に語っています」(前出の高官) 日本に帰化した呉善花拓殖大学国際学部教授は朴大統領と同世代だが、韓国の反日教育を徹底させたのは、実は親日家と思われている帝国陸軍士官学校留学生出身の朴正煕元大統領だったと述べている。愛娘は学校のみならず、家でも反日漬けの日々だったわけだ。 もはや、朴大統領は“犬死に”しないためにも、大嫌いな安倍首相の顔を拝み、米国へ命乞いのとりなしを頼む道しか残されていないのではないか。心中、いかばかりであろうか…。
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その他 2015年05月03日 12時00分
【幻の兵器】試験段階で敗戦を迎えた「中島・キ87・試作高々度戦闘機」
ガダルカナル島における総攻撃が完全に失敗し、太平洋の戦局が転回点に達しつつあった1942年(昭和17)11月、日本陸軍は中島と立川に対して、高々度近距離戦闘機の開発を命じた。 当時、既に中島では独自に排気タービン付高々度制空戦闘機の研究へ着手しており、本機はアメリカが42年6月に部隊へ配備し始めたP47サンダーボルトに対抗できる機体を目指していたとされる。特に重視されたのは排気タービンの装備で、外見的にも本機の大きな特徴となっている。 そして、後述するように戦局の悪化は本機の開発にも少なからぬ影響をおよぼすこととなる。とは言え、これは戦局の悪化を受けたものではなく、基本的には日本陸軍の戦闘機体系に欠けていた高高度戦闘機を補うための開発企画と観たほうが良いだろう。 また、排気タービンとは、エンジンの排気を利用してタービン(風車)を回転させて遠心力圧縮器を駆動し、それによりを圧縮された空気をエンジンへ送り込むす装置で、ターボ過給器とも呼ばれる。排気タービンはエンジンの効率を向上させる他、エンジンの燃焼に必要な酸素の薄い高高度を飛行する航空機においては、必要不可欠の装置でもあった。しかし、排気タービンは文字通り「高熱のエンジン排気を直にタービンで受け止める」ため、高圧高温に耐える金属材料と高速回転する軸受けの開発が必要だったが、いずれも当時の日本には克服が困難な技術障壁であった。 陸軍の正式な開発指示を受けた中島では、九七式戦闘機から隼、鍾馗、疾風と日本を代表する主力戦闘機を手がけた小山悌技師を主務として開発にあたった。だが、当時はキ84(後の疾風)の開発が佳境を迎えつつあり(キ84の原型機初飛行は1943年)、小山技師は本機の開発に着手できるような情況ではなかったとされている。 結局、本機の開発はかなりゆっくりとしたペースで進み、ようやく1944年(昭和19)11月に図面が完成、機体制作に着手するという調子だった。同時に発注された立川のキ94も開発が難航していたが、こちらは1943年末に木型審査まで進んでいたのだから(ただし審査結果は不合格)、いかに小山技師といえどもこなせる仕事量には限界があったということだろう。 また、当初は戦闘機を相手にする高々度制空戦闘機として開発に着手したものの、途中から爆撃機を目標とする防空戦闘機に変更されたことも、開発の遅れにつながった可能性がある。戦史叢書によれば、日本陸軍はB29の開発を認識したのは1943年2月頃に中立国経由で入手した海外航空雑誌とメディア報道を通じてとあるため、開発目的の変更は43年春以降ということになる。 ともあれ、図面完成後は比較的順調に開発が進み、1945年2月には原型初号機が完成した。完成した機体は中島戦闘機の路線を継承しつつも、対抗馬となるP47を強く意識した設計であり、機体寸法や重量はそれまでの日本戦闘機と一線を画す存在だった。まず、エンジンの側面の大きな排気タービンが目を引くが、これは被弾時に漏れた燃料がタービンへかかって炎上しないように考えられたとされるが、胴体下面に配置したP47との差別化を図ったとの説もある。ただし、エンジン側面の排気タービンは冷却効率を著しく悪化させたため、改修型では胴体下面へ配置することが決まっていたようだ。また、重防御の爆撃機を迎え撃つための武装も必要とされ、両翼へ30ミリと20ミリの機関砲を装備することとなった。だが、それによって主脚を収納する空間が不足したため、従来とは異なり90度回転して後方へ引き込む方式を採用している。 こうして原型機の試験が始まったものの、肝心の排気タービンが不具合続出で、特に耐熱性能不足は深刻だった。さらに主脚も作動が不安定で、試験飛行は全て脚を出したまま行われた。最終的に、本機は試験段階で敗戦を迎えたが、このまま開発が続いたとしても先述の排気タービン位置変更を始めとする大幅な設計変更を余儀なくされたことは間違いない。ただ、特異な形状や開発がそれなりに進んでいたこと、飛行性能そのものは素性が良かったとされることなどから、近年では再評価も進んでいる。 とはいえ、実戦配備までにはなお曲折があろうことを考えると、予定性能を発揮しても遅れてきたレシプロ機に過ぎず、ジェット機には見劣りする存在となった可能性が高いといえる。(隔週日曜日に掲載)■「中島・キ87・試作高々度戦闘機」形式:戦闘機(性能は予定、推定値)動力:ハ219ル空冷星型2450馬力1基寸法:全幅13.42m・全長11.82m・全高4.49m・翼面積26.00(平方メートル)重量:全備重量6100kg乗員:1名性能:最高速度698km/h・航続距離1658km以上・上昇限度12855m武装:30mm機関砲2、20mm機関砲2、250kg爆弾1
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スポーツ 2015年05月03日 12時00分
交流戦はトレード相手を探す見本市 人気はベテラン2野手
巨人が前レイズのホアン・フランシスコ内野手(27)を緊急獲得した。巨人情報に詳しいプロ野球解説者によれば、2012年から13年に掛け、巨人渉外担当者がオファーを出した経緯もあるという。 「飛ばすことに関しては“超”の付く一流ですが、変化球へ対応できず、その才能を開花させられないまま今日に至りました。守備ははっきり言ってヘタクソ。原監督の期待には応えられないのでは」(米特派記者) 巨人はキューバの主砲、セペダの調子が上がらず、一発の期待が持てる選手が少ない。変化球の対応が悪く、守備難ということだが、原辰徳監督(56)はフランシスコのパワーに相当期待しているようだ。 「三塁を守る村田が不振に喘いでおり、故障者が出たため、井端が急造一塁手を務めています。巨人は内野守備の際に一塁手がサインを出すので、守備能力の高い選手でなければ一塁手が務まりません。だから、守備難のフランシスコをあえて、村田の代わりに三塁手で起用するのではないか」(ベテラン記者) これによって、巨人野手陣に“玉突き事故”が生じ、余剰人員が出ることになりそうだ。 「他球団が注目している巨人の余剰人員は、やはり亀井善行(32)です。数年前から『使わないのならくれ』と、他球団がトレードを申し入れていますが、原監督も期待している選手の一人なので」(同) しかし、亀井を取り巻く状況も変わりつつある。年齢的にも30歳を過ぎ、高卒7年目の橋本到が3番打者に定着しつつある。故障で出遅れた大田泰示は原監督のお気に入りであり、長野久義、ベテランの高橋由伸も健在だ。交換要員次第では巨人側も決断するのではないだろうか。 「若手成長で出番がなくなったベテランなら、DeNAの多村仁志(38)もいます。長打率は健在であり、中畑監督はクローザータイプの投手を欲しがっています。交換トレードを成立させたいと思っているチームも少なくありません」(同) 中畑監督が本当に求めているのは、ローテーション入りできる先発タイプの投手だろう。だが、そのタイプの投手はどの球団も不足しており、トレード対象にはなり得ない。まして、同一リーグともなれば、出す方も獲った方も、その後の対象選手の成績如何では首脳陣の責任問題にも発展しかねない。 「交流戦は日程が通常のペナントレースとは異なり、先発ローテーション投手6人のうち、1人が飛ばされることも多い。その投手を狙うやり方もあれば、救援タイプの投手を一本釣りして、獲得後に先発に転向させる方法もあります。そういう力量、チーム内の状況を見極めるのにも絶対の機会となるのが交流戦なんです」(同) GW期間が終われば、プロ野球は交流戦に突入する。18試合と試合数は削減されたが、セパ両リーグにとって、緊急トレードをまとめる絶好の見本市といえる。
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芸能 2015年05月03日 11時45分
これからもどんどん出てもらいたい田中聖のTV出演
元ジャニーズタレントの田中聖が動き出した。まだローカル番組に出始めただけだが、音楽業界は注目している。 昨年11月からロックバンド「INKT」のボーカルとして活躍を始めた田中。4月25日にセカンドミニアルバム『サイサリス』をリリースした。それと同時に出始めたのが、ローカル局の番組だ。発売直前にはテレビ神奈川の情報番組に出演してアルバムをPR、発売後も『TOKYO MX』の『5時に夢中』に出演したのだ。「同じ元KAT-TUNでも、一応、円満退社の赤西なら、テレビ出演というのもありなんですが、田中に関してはいまだにジャニーズ内では名前すら出すことさえ許されない雰囲気があるんです。それがローカルとはいえ番組出演ですからね。いったい何があったのかとちょっとした騒ぎになっている」とはあるレコード会社関係者。 ただ、別の芸能プロ関係者はこうもいう。「基本的にキー局は辞めた人なら出演はありえない。局の自主規制ですが、ジャニーズと揉めることは目に見えて明らかですからね。ただ、ローカル局は昔から、意外と許されてきた歴史はあるんです。だから田中が番組出演するのはありといえばありなんですよね。それでも、ジャニーズだった過去なんかは絶対、話せませんけどね」。 インディーズ界でがんばっている田中。まだまだ売り上げ枚数も大きく伸びているということではないが「田中はジャニーズを辞めてから芸能界の重鎮クラスに面倒を見てくれるよう頼んでいましたからね。辞めてから、1年以上は経っているし、正式にとはいかなくとも、その人たちが後ろ盾になってくれればローカル局ぐらいは何とかなるのも事実。それだけに、その重鎮クラスの人がバックに付いたのではという人もいますけどね。そしたら、これからもテレビに出てくるかもしれません」とは前出の芸能プロ関係者。 田中の行動は要注目だ。*画像はINKT(インク)のオフィシャルサイトから https://inkt.asia/
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ミステリー 2015年05月03日 11時45分
カエルから妖精まで、不思議写真の謎(4)
いまから百年ほど前、イギリスのコティングリーで2人の少女(当時9歳のフランシス・グリフィスと、いとこで15歳のエルシー・ライト)が妖精の姿を撮影したとされ、シャーロック・ホームズの作者として有名なコナン・ドイルが写真を本物と認めたことから、当時のイギリスで激しい論議が巻き起こった。有名な「コティングリー妖精写真事件」である。 写真には、蝶のような羽を持つ小さな人影が少女の周りを舞い踊る姿などがおさめられており、当時の鑑定では「ネガもプリントも修正を施されておらず、写真は野外で撮影され、多重露光でもない」との結果が出ていた。 妖精写真が撮影された当時、既にレントゲン写真や動体連続撮影写真などが存在しており、人間の目には写らない現象でも「写真にはおさめられる」という認識が社会に広まっていた。他方、そういった認識を悪用して心霊写真を偽造したり、あるいは写真によって心霊の実在を証明しようと試みる人々も出現していた。そのため、妖精写真が撮影された段階でも、心霊写真の存在と真偽に関する論争が半世紀ほど続いており、偽心霊写真の検証についても手法が確立されていた。 妖精写真についても心霊写真と同様の疑惑にさらされ、偽心霊写真を暴いた技術や手法による検証がなされたのである。 現在、確認されている最古の心霊写真は1861年にアメリカで撮影されたとされるプリントだが、亡霊として示された人物が生きていたことから偽造が発覚している。撮影者が全てのネガを廃棄してしまったため、具体的な偽造方法は不明だが、恐らくは単純な多重露光と推測される。 写真の発明が公開されたのは1839年だが、心霊写真が撮影された当時は1851年に発明された湿式コロジオン技法が主流で、ガラスネガに像を写す点が大きな特徴であった。ガラスネガとは光に反応する乳剤を塗布したガラス板で、後のネガフィルムと同じ役割を果たす。ガラスネガの登場によって、複数のネガからひとつのプリントを合成することが可能となり、実際にそのような合成写真がいくつも制作されていた。 また、ガラスネガは比較的大きかったので(例えば、コティングリー妖精事件で使用されたガラスネガは、概ね5〜6インチ級のスマートフォンに近い大きさだった)、映像そのものを修正したり、あるいは合成素材用に加工することも可能だった。その他、ひとつのネガを繰り返し撮影して映像を合成する多重露光も盛んに行われ、代表的な心霊写真の偽造手法となっていた。 まとめると、当時の心霊写真偽造手法は複数のネガを用いた合成写真、ネガの修正による加工写真、多重露光、そして「心霊に扮した人や人形を用いる作為写真」のいずれか、あるいはそれらの複合となる。 しかし、いずれもネガに加工の痕跡が残ったり、あるいは野外での撮影が難しいとされていた。そのため、コティングリー妖精事件においては、先述の鑑定結果が非常に大きな意味を持ったのである。(続く)
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芸能 2015年05月02日 18時00分
週刊裏読み芸能ニュース 4月25日から5月1日
■4月25日(土) 萩原流行さんが荼毘に付される 22日にバイク事故のため亡くなった、俳優の萩原流行さんが荼毘に付されたことを妻のまゆ美さんが都内の自宅付近で会見し報告した。 まゆ美さんはかなり憔悴しているかと思われたようだが…。 「萩原さんの付き人をつとめていた無名俳優を応援することが今後の“生きがい”にしたいようで、報道陣へしっかり“売り込み”していたようだ」(ワイドショー関係者)■4月26日(日) 篠田麻里子が「ニコニコ超会議」に登場 篠田とタレントのトリンドル玲奈が、「ニコニコ超会議2015」に登場。ともにヒロインをつとめる映画「リアル鬼ごっこ」(7月11日公開)をPR。篠田はアクションのためキックボクシングジムに通っていることを明かした。 「女優としていまいちパっとしない篠田だが、いよいよ“生き残り”のために本気になったようだ」(映画関係者) 美脚で繰り出すハイキックを披露する日が近そうだ。■4月27日(月) 土屋アンナが舞台プロデューサーを反訴 主演舞台を降板し公演中止になったため、舞台のプロデューサーである甲斐智陽氏から損害賠償を求められ提訴されていた土屋だが、この日、その件の口頭弁論が行われ、今度は土屋が甲斐氏を訴えていたことが明らかになった。 「甲斐氏が土屋を揶揄するような曲を作り、ネットの動画投稿サイトに流したとして名誉毀損で損害賠償を求めて提訴した。土屋は仕事にまったく悪影響がないだけに、また問題をこじらせる必要はなかったはず」(週刊誌記者) 泥沼の訴訟はまだまだ続きそうだ。■4月28日(火) 松田翔太と秋元梢に交際報道 一部スポーツ紙が2人の交際を報じる。松田の父は亡くなった俳優の松田優作さん、秋元の父は元横綱・千代の富士の九重親方。大物2世カップルの誕生と思われたが、双方はそろって交際を否定した。 「松田に近い筋からのリークで交際していることは間違いようだ。今後の交際の発展が注目される」(女性誌記者)■4月29日(水) マッサン・エリーが歌手デビュー NHKの朝ドラ「マッサン」でヒロイン・エリー役を務めた、米の女優シャーロット・ケイト・フォックスが埼玉県越谷市のイオンレイクタウンで、この日発売の歌手 デビューシングル「ゴンドラの唄」の発売記念イベントを開催。現在、イオングループのCMに出演しているだけに、各地のイオンを回ってPRイベントを開催中だ。 「10月にはブロードウェーのミュージカル『シカゴ』でヒロインをつとめるが、その前には日本で精力的に歌手活動をこなすようだ」(音楽関係者) 映画でヘアヌードを露出していたことが一部週刊誌で発覚したばかりだが、今後も、それなりに“有名税”を払うことになりそうだ。■4月30日(木) 妻夫木聡がビールのPRイベントに登場 妻夫木が都内で行われたサッポロビールのPRイベントに登場。昨年、交際が報じられた女優のマイコとの関係が気になるが…。 「交際は順調。年内にゴールインする可能性もささやかれている」(芸能記者)■5月1日(金) 有村架純が主演映画「ビリギャル」の舞台あいさつ 有村が都内で行われた同映画の公開初日舞台あいさつに出席。共演者からの寄せ書きに涙した。 「今週発売の『週刊文春』(文芸春秋)で有村と同じくNHKの朝ドラ『あまちゃん』でブレークした能年玲奈の独立騒動が報じられた。今や、有村は『あまちゃん』でブレークした中での出世頭だが、能年の騒動についてどう思っているのかが気になるところ」(芸能プロ関係者)
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芸能 2015年05月02日 18時00分
宮崎で“ローカルタレント”に収まりそうな極楽とんぼ・山本圭壱
2006年7月の淫行騒動で事務所をクビになり、今年1月に都内のお笑いライブで約8年半ぶりに芸能活動を再開した極楽とんぼ・山本圭壱の冠ラジオ番組が5日から、宮崎市のコミュニティFM局「宮崎サンシャインFM」でスタートすることを2日、同局が公式サイトで発表した。 サイトには「新番組のお知らせ」と題して2本の番組名と放送日時などが掲載。そのうち1本が山本の冠番組で、「5月5日(火)スタート 毎週火曜日19:00〜19:54 『極楽とんぼ 山本圭壱のいよいよですよ。』」と掲載されているが、番組の内容については不明だ。 「山本は事務所をクビになった後、しばらく宮崎で生活していた。地元のご当地ファーストフードである肉巻きおにぎり屋で働き、都内で行われた物産展でもPR活動を行うなど、宮崎にかなりなじんでいた。おそらく、今後はこのまま宮崎の“ローカルタレント”としての活動がメインになるのでは」(芸能記者) 山本は1月のライブの後、宮崎や広島でライブを行ったが、地方での開催ということもあってほとんど話題にならなかった。 「1月のライブはとても真剣にやっているような印象ではなかったようだ。山本には有力なタニマチがいて、仕事をしなくても都心の高級マンションに住みセレブ生活を満喫していただけに、芸能界復帰にかける意欲はそこまでなかったようだ」(同) 同局は宮崎市など周辺5市町をカバーし、エリア内人口は約48万人というだけに、ラジオがスタートすれば地元ではかなり話題になりそう。 宮崎といえば、かつて未成年との淫行事件を報道され、元衆院議員でタレントの東国原英夫が知事をつとめ、宮崎の知名度アップに多大なる貢献を果たしたが、山本は同市のPRにそれなりの貢献を果たすことになりそうだ。
特集
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あかつ、アメリカ・アポロシアターでの「動きで笑わせるネタ」は世界にも テレビに年数回でも出られる自分は「持ってる」
芸能
2025年10月03日 12時00分
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TKO・木下、篠宮との一件を明かす 目標は「タイと日本のハブ」 挑戦に対する厳しい声には「どうでもいい」
芸能
2025年09月26日 18時00分
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元ボーイフレンド・宮川英二、最大の挫折は「M-1グランプリ」 セカンドキャリアは、芸人やお笑いサークルの学生の就職支援 芸人の給料も赤裸々に語る
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2025年09月18日 17時00分
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岡平健治「19」解散は「お金の問題じゃない」 岩瀬敬吾、地元に戻るのを「止められてよかった」 今後はバラエティーで「ポンコツっぷりを見て笑ってほしい」
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2025年08月05日 23時00分
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misono、家族について「マジで気持ち悪い家族」 「⼦ども⾃然にできると思っていたけど……」と不妊治療の再開、明かす
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2025年09月16日 11時00分
