今季、岩隈はツーシームとスプリッターの制球に苦しみ、序盤は浮いて痛打されるケースが頻出した。そのためシーズン前半終了時の防御率はリーグ平均以下の4.26。QS(6回以上を投げ自責点3以内)も18試合の先発で九つしかなかった。
それでも9勝しているが、これはひとえに得点援護に恵まれたからで、投球内容は決して褒められたものではなかった。
そんな岩隈が7月になって本来のリズムを取り戻したのは、相性が抜群にいい捕手ヘスース・スークレと久しぶりにバッテリーを組むことができたからだ。
スークレは岩隈のピッチングの特徴をよく把握しており、考えたリードを見せる。このときは2試合、岩隈の投球を受けたが、速球と変化球を高低に投げ分けて打者の目線を狂わす巧みなリードで岩隈を支え、好投を引き出した。
ただ、スークレはバッティングがお粗末であるためメジャーに10日ほどいただけで、3Aに送り返された。しかし、岩隈はその2試合で本来の投球リズムを取り戻したため、その後も安定したピッチングを続け白星を積み重ねていけたのだ。
岩隈がスークレと組んで甦ったことは、他の捕手の競争心をかきたてることにも繋がった。昨季まであまり相性がよくなかった第2捕手のズニーノが、よく考えたリードで岩隈から好投を引き出すようになり「2試合連続の無失点ピッチング」を引き出した。
その結果、岩隈は白星をどんどん積み上げ、8月半ばの時点で14まで勝ち星を伸ばした。
それに伴い急浮上してきたのが、日本人投手初の「20勝」への期待だ。
日本人投手のシーズン最多勝記録は'08年に松坂大輔(当時レッドソックス)がマークした18勝で、20勝投手はこれまで1人も出ていない。
現実的に見てそれは可能なのだろうか? 筆者は実現の可能性が30%くらいあると見ている。
シーズン終了まで、岩隈は9回登板すると予想される。その大半はBクラスのチームとの対戦であるため、6勝2敗ほどで乗り切ることは不可能ではない。
さらに、メジャーでは9月に入るとベンチ入りできる選手枠が拡大されるので、恋女房のスークレが呼び戻されるのも確実。3、4試合、岩隈の女房役を務めることになるだろう。これも大きな追い風になる。
もう一つ強い味方になると思われるのが、マリナーズの強力打線だ。今年のマリナーズは中軸に本塁打を量産できる強打者が3人顔を揃え、得点力が格段に増している。4点取られても5点取り返してくれるので、好投しなくても白星をゲットできる可能性が高くなっている。20勝は、こうしたラッキーな白星がいくつかないと、なかなか達成できるものではない。強力打線の存在は、岩隈に大きな恵みをもたらすかもしれない。
一方、最も懸念されるのは終盤のメルトダウンだ。
岩隈は一昨年、8月末まで2点台の防御率をキープしていたのに、9月になって蓄積されていた疲労がどっと出て、登板するたびに打ち込まれるようになった。そのため防御率が3点台半ばまで悪化。チームをプレーオフに導く切り札になることを期待されたが、逆に足を引っ張ってしまった。
一昨年は開幕からDL入りし、5月7日から投げ始めたのに、4カ月の間に疲労が蓄積されて、そのような事態になった。今年はシーズン開幕から、まったく休みなしで先発のマウンドに立ち、大エースのフェリックス・ヘルナンデス欠場の穴を埋めてきた。一昨年同様、終盤に蓄積されていた疲労がどっと出て、ピッチャーとして用をなさなくなる可能性は十分あるのだ。
もう一つ怖いのは、ヒジ、肩の故障再発だ。
岩隈は肩の故障にたびたび苦しめられてきた。ヒジにも厳密に判定すれば断裂と診断されかねない炎症が起きている箇所がある。昨年12月、岩隈はドジャースに3年4500万ドル(45億円)で入団することで合意しながら、話が流れたことがあった。これはドジャースのチームドクターを務めるスポーツ医学の権威が、ヒジの状態を診察した後、いつ断裂が起きてもおかしくない状態という見解を球団に伝えたからだ。
今季、岩隈は一度も登板を回避することなく、ローテーション通り、先発している。そのため8月中旬の段階で投球イニング数は150回を超え、肩とヒジに大きな負担がかかる状況が生じている。しかも、今季はヘルナンデスの故障という予期せぬ事態が生じ、DLから復帰した後も、無理はさせられない状況だ。そのため岩隈への期待がどんどん大きくなっている。
それがヒジや肩の故障を再発させる引き金にならないことを切に祈るばかりだ。
ともなり・なち 今はなきPLAYBOY日本版のスポーツ担当として、日本で活躍する元大リーガーらと交流。アメリカ野球に造詣が深く、現在は大リーグ関連の記事を各媒体に寄稿。日本人大リーガーにも愛読者が多い「メジャーリーグ選手名鑑2016」(廣済堂出版)が発売中。