いかにも炭屋の番頭のようである。仕事場では堅炭を使用するから備長はちょうどいい。幾らだい、と聞くと「2俵で65銭にしておかぁ。まあ見てくんな。ぴかぴかの品だよ」と1つの俵の下から光った炭を取り出して見せた。なるほど備長の上物だった。65銭は1俵の値段だ。持ってみると目方も十分にあったので、徳次は買うことにして金を払った。
2、3日して買った炭俵の1つを開けてみて驚いた。上っ面は炭が並べてあったが、下の炭は水にぬらして重くしてあり、中は藁(わら)を詰めて、石や瓦のかけらがごろごろ入れてある。もう1つも同様だ。詐欺に引っかかったのだ。
そんな思い出を松井町に残して林町に引っ越した。職人も増やし、事業も拡大させていた。ある日、外出から戻ると以前の炭詐欺男が服装も手口も同じように、2俵の炭を売り込もうとしていた。
徳次は咄嗟(とっさ)に戸口に錠をかけた。そして男の前に立つと「お前さん、おれを覚えていなさるかい」と言った。男の顔色が見る見る変わった。
「あれから3年、お前さんに騙(だま)された私は一生懸命働いて、どうにか一軒家を買うことができた。そして松井町から越してきた。お前さんは今度は立ち直りなさったか。炭は頂くとして、ひとつ中身を拝見しようじゃねえか」
工場の連中で事情を知っている者は興奮して先ほどから仕事の手を休めてこちらをうかがっている。
しかし徳次は冷静だったし、男を憎んでもいなかった。