人気のまったくない倉庫内には、芳雄と絵理の夫婦、そして医師の3人だけである。
「先生、いったいどうしてくれるんだ!」
神妙にしている医師に向かって、芳雄は怒鳴りつけた。
「は、はい、あの…」
「ヒトの女房に手を出しておいて、タダで済むわけはないだろうが!」
医師に執拗に罵声を浴びせかける芳雄。その様子を、絵理は傍らで黙って見ていた。
身長が高く、しかも筋骨隆々とした芳雄ににらまれ、医師はすっかり萎縮していた。
「不倫なんてマネをしたんだから、キチンと詫びるのが当然だろう!」
そう怒鳴ると、芳雄は医師の腹を蹴り上げた。
「うぐっ!」
うずくまる医師の顔面を、今度は握りこぶしで力任せに殴った。
「ぎゃあっ!」
絶叫とともに、倉庫の床に転げ回る医師。しかし、芳雄は手を休めなかった。倒れている医師の服をはぎ取って裸にすると、さらに顔面などを何度も殴りつけた。医師は目の下が腫れ上がり、その場に裸のまま這いつくばった。
それを見ながら、芳雄はポケットからライターを取り出すと、火をつけて医師の顔面に近づけながら言った。
「詫びとして、1000万円払え。わかったか!」
そして、さらにライターの火を近づけた。
「ひいーっ!」
医師は芳雄と絵理の要求に応じ、その倉庫の件から2週間後の2月20日、2人の自宅まで現金1000万円を持参した。
「うまくいったな」
札束を見て、顔を見合わせて笑う芳雄と絵理。実は、最初からカネを脅し取る目的で絵理を医師に仕掛けた、計画的な美人局だったのである。
それだけでやめておけばよかったのだが、2人はその後も、しばしば医師を脅してはカネを巻き上げていた。
だが、度重なる脅しに、医師は全てを妻に告白し警察に被害届けを出した。そして2004年3月17日、警視庁深川署は芳雄と絵理を強盗傷害の容疑で逮捕したのである。
警察の取り調べに芳雄と絵理は、「カネは受け取ったが、不倫の詫びとして当然だ」とうそぶいていたという。(了)