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人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第20回

 強大無比、田中角栄の〈旧新潟3区〉の後援組織「越山会」のもう一つの圧倒的支持の背景には、聞く者を決して飽きさせない「角栄節」と呼ばれた田中の名演説、名スピーチがあった。
 第一声の入り方、絶妙な「間」の取り方、比喩、例え話をふんだんに織り交ぜて笑いを誘いつつ、突然、トーンを変えて数字の速射砲を浴びせかけ、現実を突き付けて聴衆の目を醒ます。また、時に「情」を編み込んでシンミリさせ、そこへ今度はどでかい夢を投げ掛ける。その上で、結びはビシッと押さえるというまさに緩急自在のそれであった。
 聞き終わった聴衆の誰もが酔い、「今日、来てよかった」と顔を紅潮させて家路に就く。田中は豪語していた。「私の演説はジイサン、バアサン、学生、会社の経営者、誰にも分かるようにできている」と。

 名演説、名スピーチとは何だろう。聞き手は、時にあらゆる層の人たちが集まっている。聴衆が何百人いようが一人一人と心を結べるか、対話が成立しているかに尽きる。一言で言えば、どう「一体感」を醸せるかだ。これが、肝ということである。ただし、誰にもできる技ではない。田中は子供の頃、あるいは社会へ出ても、トゲの多い木の下をくぐり抜けて生きてきた。あらゆる層の心理に精通しているから、これができたとも言える。「苦労は買ってでもしろ」の俚諺のゆえんでもある。この世は常に“心理戦争”、人の心理を読めなくてその戦争には勝てない。田中が「一体感」を醸す達人だったのは、心理戦争に長けていたことに他ならないのである。
 以下しばし、そうした「角栄節」の“見本”を楽しんでいただくことにする。

 「皆さんッ、昭和60年になると、今、トン当たり60円の水が100円以上になる。東京では400円ぐれぇになるのではないですか。三越デパートの岡田茂社長は私の友人だが、この岡田君が『デパートではお客の1割が物を買ってくれればいいんだ』と言っておった。ところが、『この頃はどうも困った』と言うんです。岡田君に聞くと、『1万人の女性がデパートに入って1000人は買い物をしても、残る9000人は化粧室に入りに来る』と言うんだナ。『1人当たり25円も損をしてしまう。9000人に同じことをされたら、もうけなんかフッ飛んでしまう』とこぼしておった(爆笑)。皆さんッ、笑っておってはダメです。いや、笑いの中に真実があるッ。いいですか、新潟には雪がある! 雪は水だ! 私の言いたいのは水ッ。水はそれだけ大事なんです。生活の基本だ。皆さんッ、雪は資源、いや財産ということなんだッ」(昭和55年3月、越山会総決起大会)

 「田中は政治家でなく、土方だと言われる。ナニをぬかすかだッ。でも、こう言われるとここ(新潟)の人は怒るわねぇ。そうでしょ、皆さんッ(拍手)。田中は入広瀬(北魚沼郡)の村長と組んで、ここばかり公共投資するとも言われた。ナニをほざくか、こう言いたいよなぁ。当たり前のことだッ。東京には水がない。その水をこっちがくれてやっている。そういうところに公共投資をしてナニが悪いッ(大拍手)。皆さんッ、この100年は太平洋側の100年だった。しかし、これからの100年は日本海側の100年です。どんどん生活はよくなる。私はねぇ、新潟に20カ所のダムを持ってきている。なぜだか、分かりますか。関東が水不足になるからであります。しかし、こっちには水があるわねぇ。雪は水なり、水は力なのであります。東京の大企業は、どんどんやってくる。また、出稼ぎもなくなる。それが国道17号線であり、高速道路であり、上越新幹線なのであります。もっとも、新幹線ができると、この辺の土地は値上がりするねぇ。そのときは皆さんッ、あんまり土地でもうけちゃいかんよ(大爆笑)」(昭和51年12月、立合演説会)

 「野党はいつも何だかんだ言っておるが、気にしなくてもいいんですよ。まぁ、アレは三味線みたいなもんだ。子供が1人、2人ならいいけど、3人、4人おると、中にはうるさいのもいるもんですよ。ねぇ、おっかさん。そうでしょう!(哄笑)」(昭和53年10月、立合演説会)

 「私が総理のときですがね。東京都議会で自民党が3分の1ではマズイと思ったんです。暑かったが、頑張りましたよ。田中を、アイツは選挙が大好きなんだという奴がいるが、冗談じゃないねぇ。たんぼの草取りみたいに頭下げて、ゴマすって歩くのを誰が好きかッ。まぁ、美濃部都政を倒そうと思っただけです。ところが、マゴマゴしているうちに、田中の方がひっくり返ったッ(注・タンが喉に詰まって、一時、呼吸困難になったこと)。戦争に負けて35年ッ。東京の道路整備は遅れた。交通マヒで物価も上がった。“物価のミノベ”だ? 冗談言うんじゃねぇ! 皆さんッ、評判悪くても自民党がずっとやっているのはなぜか。まぁ、酒グセは悪いが、働き者だから亭主を代えないと思うおっかさんの気持ちと同じだねぇ(爆笑)」(昭和55年9月、越山会大会)

 かくて越山会と田中角栄は強かった。(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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