死者数は、'03年に発表した2万4700人の13倍にも上る。関東圏内では6000人だが、静岡では10万9000人、三重県4万3000人、和歌山県3万5000人、高知県2万5000人、愛知県2万3000人と、さらに九州でも宮崎で3万4000人が犠牲になるという。
「今回発表された数字の条件は、多くの人が寝静まった冬の深夜、秒速8メートルの風が吹いている状況で、東海地方を中心に被害を及ぼすM9.1の地震が発生するという最悪の条件が重なった場合としています。しかし、すでに“想定内”という言葉が迷信になった以上、予測数字以下の可能性もあれば、遥かに上回ってしまう場合も考えられる。たとえば、前回よりも大規模な原発事故が発生したケースなどは考慮されていない。そんな中、東日本大震災でも味わったように、特に読み切れないのが津波被害なのです」(サイエンスライター)
南海トラフの巨大地震は、地震発生から数分で大津波が沿岸に到達するのが特徴だ。しかも、その高さは三陸沿岸を襲った大津波を上回り、最大値は関東31メートル(東京都新島村)、東海33メートル(静岡県下田市)、近畿27メートル(三重県鳥羽市)、四国34メートル(高知県黒潮町)、九州17メートル(宮崎県串間市)と予測されている。
防災に詳しいジャーナリストの渡辺実氏が言う。
「確かに、今回の想定は東日本大震災があったことから、“想定外”がないように最悪の結果を分析している。しかし、わずか数分のうちに20メートル級の大津波が到達して沿岸を舐め尽くすとあっては、街ごと高台に移転するしか防ぎようがありません」
犠牲者がここまで多いのは、津波によって70%の23万人が死亡すると見られているからだ。20〜30メートルの大津波が沿岸を襲うと聞けば、たかだか1メートルの津波など取るに足りないと思われがちだが、実はそうではない。
台風や大雨の浸水とは異なり、津波は横からのエネルギーが非常に大きいため人間は身動きが取れない。そのため、浸水70センチで死亡率71.1%、1メートルでは呑みこまれた人間は100%死亡するとされているのだ。
「津波のエネルギーは我々が想像している以上に大きく、膝まで漬かると大抵の人間は立っていられません。被害者数がこれほど膨らんだのも、浸水1メートルのエリアに80%の人が残っていたとして、そのすべてが死亡すると算出したからです」(社会部記者)
本誌は、内閣府が発表した浸水1メートルの地域のうち、津波到達時間が10分以内、つまり、回避が非常に困難な街を表に示した。
漁業の街として知られる和歌山県串本町では、1メートルの津波が来るのが3分後、その2分後には10メートル級の大津波が押し寄せ、住民はほとんど逃げる余裕がない。
「静岡市駿河区や清水区などは震源が近いため、揺れが終わらないうちに津波が到達してしまう可能性すらあります。もちろん、そんな状況では避難もままならない。そのため、犠牲者は相当増えると予測されます」(前出・サイエンスライター)
表には記されていない地域も危ない。
到達12分の新島村では、1メートルの津波が襲った後、その1分後に3〜10メートルの大津波が押し寄せ、さらに1分後には20メートルを超える巨大津波が急襲。鳥羽市も11分間の猶予はあるものの、その3分後には3メートル、その12分後の第三波を経て五波までいけば、一番大きな波は27メートルもの高さとなり、デッドラインぎりぎりの地域でさえ相当な警戒が必要となるのだ。
ちなみに静岡市では「津波がきたら5分で500メートル逃げてください」と市民に呼びかけているというが、果たして、そんなことが可能なのか。
回避可能な方法について前出の渡辺氏が語る。
「“車での避難はダメ”というのが、これまでの国の考えでしたが、これは時と場合によってのこと。1973年に起きた奥尻島地震の際、車で避難した人が車ごと津波に呑まれてしまった苦い教訓からの考え方なのですが、一方で、東日本大震災で助かった人の半分は車で避難しているのも事実なのです。過疎地の場合は特に、住民の多くが高齢者です。その人たちが徒歩で短時間のうちに高台に避難するのは不可能。そのため、場合によっては車を使うことも考えるべきなのです。求められるのは、前もって避難場所へ行き着くまでの避難路をよく調べておくということです」
もっとも、国は“車を使え”と奨励はできないため、地域でよく話し合って避難対策を考えるようにという言い方をしている。いずれにせよ、普段からの避難意識の高さが必要とされるのだ。