『決戦!桶狭間』
冲方丁、砂原浩太朗、矢野隆、富樫倫太郎、宮本昌孝、木下昌輝、花村萬月 講談社文庫 760円(本体価格)
★成り上がりへの壮大なプロローグ
映画のストーリーが展開する過程である決定的に重要なシーンを、複数の登場人物それぞれの視点からゆきつ戻りつ繰り返し描写するのはクェンティン・タランティーノ監督の得意とする手法。一つの戦場を7人の作家が短篇競作の形式で描き分ける“決戦!”シリーズの試みも、これに相通ずる面白さだ。
『関ケ原』『大坂城』『本能寺』『川中島』と続いて第五弾の本書。『桶狭間』と聞けば歴史好きならずとも条件反射的に、寡兵よく大軍を打ち破った戦国期の逆転劇の典型として語り継がれるが、これまで専ら、信長の勝因は今川義元の不意を衝いた奇襲にあるとされてきた。ところが、近年の研究では堂々の正面攻撃であった事実が指摘され学説的にも大勢を占めつつあるという。
執筆陣の誰がどの説を重視しつつ物語の筆を進めているかは読者の興を殺ぐのでここでは触れぬが、推理小説でいうトリックや犯人の名を明かすようなネタバレの類ではないはずと、あらかじめ弁解の上で一篇だけ挙げるとすれば、トリを飾る花村萬月氏の「漸く、見えた」は愕然の傑作。
なんと一人称の語り手が義元の生首なのだから前代未聞、してやられた。不覚無念にも(彼からすれば)雑兵足軽の輩に討ち取られ、信長の前に供せられる屈辱の場面から一気呵成、句点なしに息つく間もなき怒涛の語りは圧巻の一語に尽きる。時代物らしからぬ“意識の流れ”めいた回想混じりの義元の独白が妙にリアルで、その実験自体に文学的感動さえ覚えてしまう。この一作を読むだけでも購入の価値十分だが、もちろん松平元康=当時の徳川家康、前田利家、今川の将・岡部元信、あるいは義元の愚息氏真を主人公に据えた他の収録作品も、いずれ劣らぬ粒ぞろいぶり。
(居島一平/芸人)
【昇天の1冊】
著者は吉沢さりぃ、34歳。「ミスFLASH2016ファイナリスト」の経歴を持つグラビアアイドルだ。
“着エロ”が全盛だった頃、バスト107センチKカップの爆乳を引っさげて人気だったことをご記憶の方もいるかもしれない。
その彼女が「最底辺アイドル」と自称し始めてから5年。最底辺とは、つまりもう事務所にも所属しておらず(本人いわく「属することすらできない」)、フリーランサーのタレントとして細々と芸能界の片隅で生きているため。ライター稼業との二足のワラジで活動している。
彼女は「枕営業している」と陰口を叩かれていた。タレントとして「デブス」と中傷され、それでも仕事が舞い込んできたのは関係者と寝ているから…と、根も葉もないうわさをたてられた。吹聴していたのは仕事仲間のグラドル。つまり、同業者から足を引っ張られていたのだ。
また、肌を露出して芸能活動することに対する家族の困惑、クズ野郎のマネジャー、男との恋愛とセックス、「人は見た目じゃない」といいつつ、やはり圧倒的に美人が得する芸能界…などを、赤裸々に書き尽くす。
こう言うと、いわゆる“暴露本”の類と思われる方もいるだろうが、決してそうではない。必死で生きている1人の女性の心情を素直につづった1冊である。この『最底辺グラドルの胸のうち』(イースト・プレス/1300円+税)では、そうした女性がとても“生きづらい”のが現代社会ではないかと、さりげなく問題提起しているユニークなエッセイだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)